株式会社GKデザイン機構 代表取締役 社長
公益社団法人 日本インダストリアルデザイン協会 理事長
田中 一雄さん
デザインのエキスパートである田中一雄さんが抱く『フェーズフリー』への想いとは?
※対談はマスクを装着し行っておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。
写真・文:西原 真志
『フェーズフリー』は、とても日本的なもの
―― 佐藤
『フェーズフリーアワード』の審査委員を引き受けていただいて、最初に『フェーズフリー』という言葉を聞いたとき、どんな印象を持たれましたか?
―― 田中さん
理解するほどに非常に重要な視点であると感じました。佐藤さんがこの取り組みをスタートしたのはいつでしたっけ?
―― 佐藤
2014年の冬からです。さまざまなプロダクトやサービス、ファシリティにおいて、それまで分けて提案していた日常時と非常時というフェーズを取り払って、フリーにするべきじゃないか? そこで生まれたコンセプトというか言葉が『フェーズフリー』なんです。
―― 田中さん
(フェーズフリーアワード実行委員長の)下川(一哉)さんが日経デザイン誌の編集長だった頃に、『もしもの時のいつもの備え』というプロジェクトをご一緒していました。経済活動の活性化のためのデザインという意識はずっとありましたが、近年は特に社会的な価値を創出しないものは認められない時代になりましたよね。利益の最大化が企業の最大のミッションでなくなったということを経済学者が指摘していますが、社会の要請に応えていくことで経済を進行させていくことが企業の使命だというところにシフトしてきているので、その意味でも『フェーズフリー』は非常に時代にあった形のものだと感じます。
―― 佐藤
田中さんはじめGKデザイン機構さんにとってのデザインや社会的な価値の創出とは何ですか?
―― 田中さん
GKの行動的指針として“運動”ということを第一位に置いてきました。それは今の言葉でいう“価値を社会実装するための事業”です。自分たちの理想とするものを社会実装するためのものづくりをする。まずは研究という形で客観化して社会との共通言語を創出し、それを普及させていくことを行動指針とする。それが創業者である(工業デザイナーの)榮久庵憲司たちがつくってきたもので、この社会性ということは創業以来ずっと変わることなく大事にしてきた視点です。
社会性という部分についていうとやはり総合性とリンクしてきて、今日のデザインとは非常に総合的なものであると思っています。これまでの総合性というのは空間と立体と平面みたいな話がありますが、今は仕組みというところで社会とか価値づくりのような部分に広がっています。そうした社会を大きく見ていくという視点が、やはりデザインにとって非常に重要なものであるし、我々もそういうことを自分たちのミッションだと認識しています。
―― 佐藤
現在『フェーズフリー』についてはどのようにお考えですか?
―― 田中さん
非常に日本的だなと感じているんです。災害列島に住んでいるということは当然ありますが、日本人の心配性は外国人が笑うといいます。「日本人は心配性だ、何故なら地震があるからだ」と彼らは言いますが、事実、非常に備えを考えているところがあります。それと国土的に非常に狭くて濃密な空間で住んでいるということで、もし非常に広い空間に住んでいたら違います。ハードなヘルメットなどの防災用品を家族分ちゃんとストックしておけるスペースが十分にある国や地域は別ですが、やはり日本では備えの前に、家の中に必要な最小限のものしか置けません。その意味では、防災用品というものを日常において配置しやすい備え方にするというのも『フェーズフリー』じゃないかって思っているんです。
人々に“意識”をどう与えていくかが大切
―― 佐藤
今回の対談のテーマでもあるのですが、私が今思っているのは、繰り返し起きる災害をどうやって解決するかを、田中さんと考えていきたいということなんですね。
―― 田中さん
そもそも、人が住んでなければ災害は起きません。私たち日本人が狭い空間に住んでいるということは、災害に対する備えで重要なポイントです。
『フェーズフリー』が有する、一つのものを多様に使えるという考え方も日本的ですね。欧米でも近い考え方がありますが異なるものです。風呂敷は日本の代表例といえますが、鞄にしたりかぶったり、スイカも包めれば一升瓶も包める非常に柔軟性のある機能があります。一方の欧米型のマルチパーパスで代表的なのが、スイスアーミーですね。単一機能をいっぱい付け加えるというもので欧米型の合理的なマルチパーパスの考え方です。
空間を見ても、欧米ではキッチン、ベッドルーム、リビングとファンクション別になっていますが、日本の家というのは分けることが考えられつつも、布団を敷けば寝室だし、座布団を敷けば客間だしみたいな転用性を持っている。そうした一つのものを何も変えずに多様に使えるというのは非常に日本的なところで、複合させていくというのは日本的な発想があるという気がします。
その点でも『フェーズフリー』というものの特徴は、国情の問題以前にある、災害の問題や発想の問題といったところで日本らしさがありますね。
―― 佐藤
例えば人のいない砂漠で震度7の地震が起きても災害にはなりませんが、東京で震度7が起きたら災害となる。何が違うかというと、その人が存在する社会に脆弱性が存在しているかいないかということです。災害を起こさないこととは、地震や台風といったハザードではなく、私たちが暮らす社会にある脆弱性にこそ着目すべきなのではないかと思うんです。
そうすることによって、災害というものを小さくしていけるのではないか。田中さんのデザインで脆弱性を減少させることによって、ハザードが発生しても結果として災害が起きないというようなことをやっていくべきなのではないかと考えたんです。
―― 田中さん
自然現象だからといって諦めてしまうのか、それでも私たちの命が守られるとか、生活が守られるというふうに解決していこうとするのか。諦めるしかないということではなくて、我々は災害というものと向き合っていかないといけないんじゃないかと思いますね。
―― 佐藤
防災に関わり始めた学生の頃から、無常というか「何故なんだろう」という気持ちがあったんです。災害が繰り返されるのは、どうしてなんだろうと。私たち人類は田中さんがいろんなものを生み出しているように、飛行機で空も飛べるし、あっという間に海外に行けるし、新幹線で国内だって自由に行くことができる。スマホでいつだって必要な情報を手に取ることができるし、文明・文化を発展させながらいろんなことを解決してきたはずです。それにもかかわらず、この目の前で起きている多くの人が亡くなってしまう災害というものを解決できない。それは、何故なんだろうって…。
そこで改めて“防災”というものを考えたときに、田中さんは “防災”は誰が行っていると思いますか?
―― 田中さん
国家ですよね、基本は。
―― 佐藤
そうなんですよ。繰り返す災害から、安心・安全な社会を叶えようというアプローチを誰が行っているかというと、行政であったり、市民のボランティアだったりなんです。限られた人、限りある予算や条件で、安心・安全な社会というものを実現する。これはほとんど不可能なんじゃないだろうかと思うんです。なぜなら“限りあるもの”だから。つまり、サステナブルじゃない訳ですね。
防災という領域も、きちんとしたビジネスが存在しなければいけません。ビジネスというのは価値を提供し、対価を得ているということですけれども、防災の領域でもきちんとしたビジネスというものが構築されない限り、繰り返す災害というものが解決していかないだろうと思うんです。その時に、どうして防災はきちんとしたビジネスができないんだろう? という考えにぶつかったのです。
―― 田中さん
デザインというものがスモールd(狭義のデザイン)からビッグD(広義のデザイン)に広がっているという状況の中で、形ではないものもデザインになっています。その意味でハード面での問題解決だけではなく、いろいろな“仕組み”や“意識”をつくっていくことが重要です。
『フェーズフリー』は、今はハードなものが比較的多い気がするのですが、やはりその仕組みや意識にもつながっていくようなことを考えていく必要があるのではないかと思っているんです。
デザインの国際団体の理事を務めていた際に『ある問題を解決しようとしたときに、3つのアプローチがある』ということ提唱したのですが、それが「『仕組み』としての対策」と「『ハード』としての対策」と「『意識』としての対策」の3つです。言い方を変えると、「法制度的な対策」と「科学技術的な対策」と「意識啓発的対策」という3つですね。
現況の新型コロナ対策でいうならば、外出禁止をするなどが「法制度的な対策」で、「科学技術的な対策」が空気清浄機をつくるといったことですね。「意識啓発的対策」というものは、マスクをする、エチケットを守る、行動を抑制するなど。実はデザインって、そのどこにも関わっているんですね。
「意識啓発的対策」はコミュニケーションデザインだと思いますし、「科学技術的な対策」はやはりインダストリアルデザインの世界が一番大きいと考えています。では「法制度的な対策」はデザインと言えるかどうか、本当に大きな意味でのソーシャルデザインみたいな話になるんですけども、やはり制度・法律をつくることによって、「問題を減少させる」あるいは「発生させない」というところにつながっていくのだと思います。
―― 佐藤
私がずっと防災をやっていて限界を感じるのは、その“意識”のところなんです。大きな災害が発生すると一時的に防災意識は上がりますが、それが「=備える」ということ、つまり、行動につながらない。備えるってどこまでやっていったらいいのかっていう際限がないところに対して解決策が出てないところが、防災の限界なのかなっていう気がしたんですよね。
―― 田中さん
東日本大震災が発生した1ヶ月後に現地に行ったのですが、いろいろな意味で衝撃を受けました。被害の大きさはもちろんですが、「私たちはいったい何をつくってきたのか」と、自分のなかで価値観が変わったんです。ものづくりの際に、人々に“意識”をどう与えていくかも大切なことだと気づかされました。
―― 佐藤
『フェーズフリー』は、防災というソリューションモデルではなく、誰もが参加できるトレンドモデルだと認識しています。意識をするしないに関わらず命を守るということを本質として捉え、いろんな人に参加してもらうことをデザインしている気がするんです。
―― 田中さん
佐藤さんがずっと『フェーズフリー』で意識しているのは、“普及力”ということだと思うんですよね。
―― 佐藤
そう、参加っていう意味ですよね。
防災価値の普及力となる『フェーズフリー』
―― 田中さん
先ほどおっしゃった“防災の限界”の中に、どうやって一般社会に普及させるかという点が一番大きいのかなって思うんですけどね。
―― 佐藤
そうなんです。災害の被害者の方々は、別に防災をしていなかった訳ではないんですよね。日々の生活を一生懸命過ごしているうちに、非常時のことまで手を付けられずに、生活を、命を失ってしまうっていうことになってしまったという。そのような人々に根付くものにならなければ、これからも命を守れないということに世の中に気づいてもらいたいんです。
それができるのは、価値を受け取るデマンド側ではなくサプライヤー側です。サプライヤーである田中さんが、それぞれのプロダクトとかサービス、コト・モノ、空間などに『フェーズフリー』を込めることが大切だと思うんです。日常おいしいだとか日常楽しいという参加のしやすさや、便利なマルチパーパスなところを提供してあげなきゃいけないのではという気がするんですよね。
―― 田中さん
佐藤さんの話を聞いていて、『フェーズフリー』とは“防災価値の普及力”と理解しました。
―― 佐藤
それはすごく正しいし嬉しい。学生のときに、国家やボランティアという限られた人しか参加できないものでなく、世の中全体が参加できないと災害なんて大きなもの解決できないと思ったんです。それを田中さんの言葉で言い換えると、「普及していくこと、“防災価値の普及力”だよね」っていうのはすごくありがたい言葉です。
―― 田中さん
インダストリアルデザインっていうのは、そもそも“民主化”なんです。“価値の民主化”という観点で言うと、『フェーズフリー』は“防災価値の民主化”なんですよね。
―― 佐藤
確かに、その通りですね! 防災の専門企業や専門機関だけではなく、また、コストが払える人、脆弱性の改善に対して投資ができる人だけではなくて、すべてに向けて皆でやっていく。『フェーズフリー』はまさに、“防災価値の民主化”そのものです。
―― 田中さん
亡くならなくていい人たちがたくさん亡くなった。それをどうやってなくすか。そういうことでしょう。
―― 佐藤
おっしゃる通りです。
―― 田中さん
握手だね(笑)
防災の社会化を育む『フェーズフリーアワード』
―― 佐藤
第一回目となる『フェーズフリーアワード』は、まさに防災価値の普及・民主化への非常に意義深いものとなります。
―― 田中さん
『フェーズフリー』をまず知らしめること、それによって市民意識が変わることがとても大きな意義だと思うんですね。そういう意味では通常の、『アワード』っていいものを褒めて、それを目標にしましょう的な話ではありますが、単なる対象物のアワードではないと思っています。
“意識をつくっていく”こと、“最終的には災害で一人も死なない社会をどうやってつくるか”ということだろうと思うんですが、そういう意味で事前の準備もすごくまじめにやられて、こんなに賞の意味について何度も説明するものってないですけどね(笑)。
そこで気を付けないといけないのが、ちょっと乱暴な言い方ですが『防災便利グッズデザイン賞ですか?』と見えてしまったら、もったいないなっていう感じがしています。
―― 佐藤
『フェーズフリー』が、便利グッズ的に見られてしまう危険性もあると?
―― 田中さん
マルチファンクションでありながら、あれにもこれにも使えるというのではない。防災便利グッズとしてミスリードしたまま普及させてはいけません。防災価値を民主化する力としての『フェーズフリー』ということが大切ですね。
―― 佐藤
この“民主化”とは、GKデザイン機構さんの歩みとも似ていますね。多くの人が参加できることが重要だと。
―― 田中さん
そう、社会化すること。『フェーズフリーアワード』は必ず、その一助になるものと確信していますよ。多くの方に参加していただきたいですね! とても楽しみにしています。
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