『フェーズフリー』というマインドセットは、近い未来に当たり前になる

フェーズフリーアワード2023 審査委員
株式会社FEEL GOOD CREATION 代表取締役

玉井 美由紀さん

第2回フェーズフリーアワードより審査委員を務める玉井美由紀さん(以下:玉井さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談を開催しました。日本におけるCMFデザインの第一人者として、プロダクトや施設をはじめ、ジャンルを超えた幅広いデザインに携わってきた玉井さんが今思う『フェーズフリー』とは?
(2023.2 実施)

写真・文:西原 真志

玉井さんとの対談-1

フェーズフリーアワードの審査委員を務める、株式会社FEEL GOOD CREATION代表取締役の玉井美由紀さん

『フェーズフリー』は今、みんなで一緒に広げていくフェーズに

―― 佐藤
一年前の対談で、玉井さんからいただいた『フェーズフリー』のテーマって覚えていますか?

―― 玉井さん
えっと(笑)、Think GoodからFeel Goodへ、だったような。

―― 佐藤
そうです。それまで『フェーズフリー』って、考えた上でようやくいいねとなる「Think Good」だったんです。でも、今後の広がりを考えたら頭で考えるだけじゃなくって、良さを感じて分かる「Feel Good」が必要なんじゃないかって言ってくださったんです。それって、どうしてそう感じたのですか?

―― 玉井さん
難しいですけれど、私はデザイナーなのでフィーリングや感覚というところについては敏感なところがあるかなと思うんです。その感性の部分、つまり「Feel」を大事にしたいって思ったんですよね。人に説明してうまく伝えるのが難しいからこそ、感覚的なことを大事にしたいと。

―― 佐藤
難しく考えなくても、感じて理解できるという。

―― 玉井さん
そう。心地よさって、みんな必要と感じていると思うんです。それは本質的なもので、文明が発達する以前から、生物として人間がみんな持っているもの。だから、その部分は根本的に重要なのではないかって。

―― 佐藤
『フェーズフリー』やフェーズフリーアワードに関わっていただいて2年ほどですが、「Feel Good」になってきていると感じる部分はありますか?

―― 玉井さん
そうですね、具体的にこれが「Feel Good」と言えるわけではないのですが、『フェーズフリー』そのものが広がっている感じはするんですよね。多くの人に広がるっていうのは本当に純粋に、「Feel Good」と感じられる人が増えているのかもしれません。

―― 佐藤
なるほど。

―― 玉井さん
限られた人だけじゃなくて、誰にでも分かるとか感じられるってすごく大事だし、それが広がるブレイクスルーポイントになる。そういう意味では、ものすごく広がっている感じがするんです。

―― 佐藤
このヒントをいただいてから、「Feel Good」な『フェーズフリー』って何だろうって悩みました。「Think」から「Feel」に変えたという具体例はないのですが、なんとなく楽しいだとか、なんか面白いことやってるね、みたいに感じられることを目指しています。

―― 玉井さん
本当にそれは大切です。『フェーズフリー』は今、広げていくフェーズですよね。その広げるフェーズになってからは、みんなで一緒にやれることがとても大切になってきます。「Feel Good」というのはその意味でも、重要なキーワードだと思います。

玉井さんとの対談-2

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました

人の尊厳や小さな幸せを守るデザイン、それが『フェーズフリー』

―― 佐藤
前回のフェーズフリーアワードのシンポジウムのとき、審査委員の方々に「身の回りのフェーズフリーってなんですか?」との質問をぶつけました。あのとき玉井さんなんて言ってくれたか分かります?

―― 玉井さん
全然覚えてない(笑)。

―― 佐藤
玉井さんは「人の尊厳や小さな幸せなど生活の質を守るデザインが、身近な『フェーズフリー』」って答えてくださったんです。玉井さんが今思う『フェーズフリー』って、どんなものが挙げられますか?

―― 玉井さん
そうですね。『フェーズフリー』と感じるものとして、いくつか頭に浮かんでいますが、まずはウェアラブルデバイスですね。身体機能をウォッチングしていくという意味で、私は睡眠や心拍とか運動量などを測定しています。日常の健康を保つ意味でも良いですが、災害などでストレスを強いられたときに、自分の身体を守るために早く異変に気付けたりとか、リアルに体調管理ができるというのはすごく貴重だなと思っているんです。

―― 佐藤
ウエアラブルデバイスは、僕も『フェーズフリー』だと思います。目には見えない自分の状況を見える化して、健康な暮らし方のヒントになる。そもそもウエアラブルという概念自体が『フェーズフリー』でもあるかと。装着することによって、それまで感じることができなかったものが感じられるようになっていく可能性もある。

―― 玉井さん
そうですね。

―― 佐藤
それもやはり、玉井さんが言っていた「人の尊厳や小さな幸せや生活の質を守るデザイン」なんですね。そこが中心になっている。

―― 玉井さん
そう、そこが基準なんです。

玉井さんとの対談-3

玉井さんが感じる、さまざまな『フェーズフリー』を話していただきました

私にとっての『フェーズフリー』は結局、“愛”だって思うんです

―― 佐藤
玉井さんが感じるその他の『フェーズフリー』とは?

―― 玉井さん
『ウール』、羊毛素材です。ウールってとても優秀な素材で、羊の毛なので天然の油のおかげで汚れが付きにくく、気になるニオイも発生しにくいんです。

―― 佐藤
そうなんですか。

―― 玉井さん
放湿性が高くてニオイも気になりにくいので、どの季節でも快適に着られるんですね。それから土壌に還せるし、リサイクルでの再生率も高いという、とてもエコな素材なんです。私自身、これからできる限りウール素材の服を選ぼうと思っているくらい。

―― 佐藤
ウールのTシャツありますもんね。綿ばかりではない。

―― 玉井さん
最近は機能的な素材も多く開発されていますけど、サステナブルな観点で言っても羊毛のように天然の方が当然良いです。

―― 佐藤
なるほど。ウール素材は快適性などの意味で日常にも非常時にも価値がある上に、サステナブルというキーワードにもつながる。

―― 玉井さん
そうそう、私はそこに、臭くなりにくいという点も重要って思っています。それこそ人間の尊厳ですよ。長く着られるとか、洗濯も少なくて済むとか、いろんな価値がある。

―― 佐藤
ウールが良いことは考えればよく分かりますが、それこそ3枚1000円でTシャツを購入する人がより高価なTシャツを買うようになるっていうのは、やっぱりハードルがあるんですかね。

―― 玉井さん
そうですね、3枚1000円のTシャツを買っては捨てるという生活をする必要が、本当にあるのかという話だと思います。大量生産と消費を繰り返していくのが本当にいいんですか?という。何年も着ることができて、気に入って心地よくて直してでも着たくなるのが、本当は一番いいものなんですよね。

―― 佐藤
例えばウールのTシャツを選ぶことがいいことなんだよねとか、そういう暮らし方っていいよねって当たり前に思えることが、そんなに遠くない未来に訪れると感じますか?

―― 玉井さん
すでにそうなりつつありますよ。でも今は「つくる側」がこれから変えようと思っている段階で、まだ大きくは変わっていません。世の中の価値観はある瞬間に変わるものではないので、時間をかけて少しずつ変わっていくのだと思います。

―― 佐藤
それって、『フェーズフリー』と同じだと感じました。『フェーズフリー』の価値を、「つくる側の人たち」にもっと拡大していくのに、今足りないことは何だと思いますか?

―― 玉井さん
マインドセットですかね。やりたいことにフォーカスしていくということが大事なのかもしれません。フォーカスするポイントを楽しさとか心地よさにしたら、みんなやりたくてしょうがないんだからやるんですよ。そうしないと、後でいいやと思ううちのひとつになってしまう。 これまでと違って特に近年は、多様性を受け入れる柔軟性とか新しい価値を受け入れる土壌がすごくありますよね。『フェーズフリー』をやりたいというマインドセットも、近い未来に当たり前のものになっていく。

―― 佐藤
確かにそのとおりですね。マインドセットというのは、本当に『フェーズフリー』の本質的な伝え方だと思います。「ウエアラブル」「ウール素材」と、とても興味深く話を聞きました。他にも玉井さんの『フェーズフリー』はあったりしますか?

―― 玉井さん
そうですね、三段落ちみたいになってしまうとイヤなのですが、最後は私、「愛」かなって思っているんです。

―― 佐藤
おお。

―― 玉井さん
やっぱり人って愛がないと、ふだんもだめだし、いざっていうときもだめになっちゃう。それがすべてを救うというか、モノがなくたって何がなくたって、結局は人の優しい気持ちだったり、愛というものがすべてを救うんだって、すごく思うんです。

―― 佐藤
それは本当に同感です。

―― 玉井さん
身のまわりのモノに「愛着」っていう愛をつけるぐらいだし、いろんなものに愛があって、それらに囲まれて生きるのがいかに幸せなことか。それと、いざというときにそれが自分をどれだけ救ってくれるか。その意味で、愛ってすごい大事だなって思いました。

―― 佐藤
そのとおりです。その「愛」をうまく表せているプロダクトってあります?

―― 玉井さん
それはね、人それぞれの感じ方だと思います。例えばメディアでつくられたモデルさんの美しさ、それにみんなで憧れるみたいなのは不要で、人それぞれいろんな美しさがあっていい。何か型にはめるのは、もう終わりじゃないかなって。

―― 佐藤
玉井さんが今日話してくださった「マインドセット」や「愛」って、とても本質的なことだと思いました。玉井さんが思う『フェーズフリー』はやはり3つともつながっていて、昨年のシンポジウムで言ってくださったこともまったくぶれていなくて、その深意がとても理解できました。今日もありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。

―― 玉井さん
はい、よろしくお願いします。

玉井さんとの対談-4

約2時間の対談を終えてエアタッチを交わす玉井さん(右)と佐藤

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