須﨑彩斗さん(右)、加藤美季さん(左)

株式会社 三菱総合研究所
主席研究員 未来共創本部長

須﨑 彩斗さん

フェーズフリーアワード審査委員の須﨑彩斗さん(以下:須﨑さん)、そして須﨑さんが勤める株式会社三菱総合研究所の研究員である加藤美季さん(以下:加藤さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談が行なわれました。未来共創の分野で幅広く活躍する、2人の専門家が抱く『フェーズフリー』に関する想いとは?

※対談はマスクを装着し行っておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。

写真・文:西原 真志

須﨑さんとの対談-1

第2回フェーズフリーアワードで審査委員を務める、株式会社三菱総合研究所の主席研究員・未来共創本部長の須﨑彩斗さん

『フェーズフリー』というバリューを提案していく

―― 佐藤
昨年の第1回フェーズフリーアワードにおいて、須﨑さんにはイノベーションやオープンイノベーションの視点・観点から、『フェーズフリー』という概念がどのように社会にインパクトを与えていくのか、さらには、どんな社会課題解決をしてどんなふうに広がっていくのだろうか、広がっていくためにはどうしていったらいいだろうかといったことを、審査を通じながらアドバイスをいただきたくてご参加いただきました。ありがとうございました。第2回となる今回も引き続きよろしくお願いいたします。

―― 須﨑さん
こちらこそよろしくお願いいたします。

―― 佐藤
1年ほど前にも対談(※1)させていただきましたが、須﨑さんはこれまでに、『フェ−ズフリー』を理解するには、 “深さ”と“広さ”という2つの軸があったらいいと話して下さいました。そのような観点に限らず、昨年のフェーズフリーアワードを終えての所感を教えていただけますか。

―― 須﨑さん
そうですね。深さと広さという話で言いますと、応募対象を見渡したときに自分が想定していたよりもかなり広さのある応募があったとまずは感じましたね。特に思ったのが、コミュニティに関するアイデアなどはすごくよく考えられているというか、『フェーズフリー』というもので、極論すると新しい社会みたいなものを予感させるものが多くあったなと思いました。『フェーズフリー』な街をつくるとか、すごくいろんな広さを感じることができたという印象でしたね。

―― 佐藤
須﨑さんの予測としては、もっと具体的なプロダクトであったり、何か分かりやすいサービスであったりが中心になると思っていましたか?

―― 須﨑さん
僕の思っていたイメージだと、どちらかと言うと非常時の方がまずあって、それを広げていって日常時でも使えるみたいな方向性かなと思っていたんですね。でも、機能としては非常時にフォーカスされていても、ぱっと見ではそのことが全然分からなかったり、見えなくしてあったりするものが多々見受けられました。日常時に使っている人から見て、非常時じゃなければ別にそれは意識しなくてもいいんだと、それも一つのテーマだと思えたんですよね。

―― 佐藤
結果として並んでくる『フェーズフリー』の事例やフェーズフリーアワードの対象というのは、私たち一般の生活者からすると、日常のものとして映るということですね。わざわざ災害時のためのデザインが主張されず、私たちが暮らしていて心地いいとか、むしろ日常に普及しやすいようなデザインを指向しているというような。

―― 須﨑さん
もちろん、日常時に非常時を意識させることも、ものによっては必要な場合もありますよね。重要なのは、提供するプロダクトやサービスによって、非常時をどうデザインするかを考えることだと感じました。
それこそこれまでの災害用品みたいなものって、日常では邪魔になるから普段は目につかないところに置いておく。そうすると、そのモノがあること自体に、いざというときにすぐには気づけないリスクが生じる。

―― 佐藤
そうですね。

―― 須﨑さん
それってすごく大事なことだと思っているんです。物置の奥にしまうもの、逆に普段から目につくものって、やはり当然デザインの意味がまったく変わってきます。きっと、モノだけではなくてサービスもそうだと思うのですが、日常時も見られることを意識したデザインになっていくのだろうな、というのがアワードを通じて実感したことでした。

―― 佐藤
その通りですね。日常をいかに高めるか、そして、日常を高めたものが結果として非常時にいかに役立っているかを追求するから、広く普及するモデルになっていく。そして広がっていった結果、災害が解決していく。つまり普及しなければ、災害って解決しないんですね。だから『フェーズフリー』に関するビジネスが広がれば広がるほど、社会課題が解決していくことにつながる。それが『フェーズフリー』の良いところで、そこは非常時の価値のみで伝えるのではなく、日常時の価値の向上をしっかりと描いていきましょうというのが『フェーズフリー』の重要なところです。

―― 須﨑さん
そうですよね。弊社の取り組みにおいても、防災に限らずエネルギーだとか食料だとか高齢化といった多様な社会課題全般に向き合っていますが、その解決の鍵となるのは、ビジネスで解決することだ、と言っているんです。それはつまり、持続可能な取り組みにしていかなくてはいけない。

―― 佐藤
まさにそうです。これまでの防災領域のビジネス的な提案、例えば耐震補強とか非常用持ち出し袋とか、それらは厳密には“防災ビジネス”ではないと思っているんです。本質的なビジネスではないと。本当の意味でのビジネスとは何かと言うと、価値の提供によって対価を得ること。すなわち、コストではなくバリューの提案であること。その文脈で、防災ビジネスの重要性を、私自身もこれまでずっと訴えてきました。

―― 須﨑さん
我々と同じ思いです。価値提供というのが、さらに重要なキーワードになっていますよね。近年ではESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資)も当たり前になってきていますが、それは簡単に言うと、投資家が社会の役に立たない企業には投資しないという常識が定着してきたからなんですよね。つまり、それだけ投資家が価値観を変え、社会の価値観も変わったということだと思うんです。
『フェーズフリー』の観点から見たときに良いものだよねという価値観に世の中が変わっていくためには、『フェーズフリー』という概念をきっかけに、人々の行動変容を促したり、認識が変わってくるみたいなことに寄与していくことが大切になります。ESGの話も含めて大きく世の中の価値観が変わってきているちょうどこの時期に、この『フェーズフリー』という概念も一挙に普及させることができるだろうし、社会的にも理解され受容されやすくなっていると思うのです。

※1 前回記事:https://jn.phasefree.net/2021/08/11/interview-aw05/

『フェーズフリー』は、イノベーションにつながる

須﨑さんとの対談-2

株式会社三菱総合研究所 未来共創本部兼イノベーション開発本部・健康ビジネスグループで研究員として活動する加藤美季さん

―― 佐藤
今日は須﨑さんと一緒にお仕事をされている加藤さんにもご出席いただきました。実は加藤さんは、須﨑さんの部下になる以前から私と『フェーズフリー』の取り組みをしていました。

―― 加藤さん
本日はよろしくお願いいたします。そうですね、もう5年ほどになりますね。

―― 佐藤
『フェーズフリー』に関わってくださるようになって、加藤さん自身、何かまわりの反応とか自分自身の変化を感じることはありますか?

―― 加藤さん
前職から長くスタートアップベンチャーの支援に携わったり、現在では新規事業開発も手がけたりしているのですが、やはりそのビジネスをゼロからイチへと創出していくという観点で、『フェーズフリー』ってすごく大事だなと感じています。言ってしまえば、この不確実性の高い世の中でイノベーションを検討するにあたって、『フェーズフリー』の概念はものすごく大事だと。そう感じて、当初からではありますが、最近は特に自分の思考の中に『フェーズフリー』の視点を入れているところがあります。

―― 佐藤
何が起こるかわからない非連続な社会において、『フェーズフリー』という視点があった方がイノベーションを起こしやすい?

―― 加藤さん
はい、起こしやすいと思います。

―― 佐藤
明日さえ予測不可能な時代に、『フェーズフリー』でどのようにイノベーションへとつなぐのでしょうか?

―― 加藤さん
いろいろなインシデント(好ましくない状況)を想定する癖というのは、やはり大事かなと思っています。頑丈なビルの中で仕事をしていると、非常時のことはなかなか想定できません。以前、非常時についてメンバーで考えてみたのですが、自分自身あまり具体的な内容が出てこなくって…。佐藤さんからもいろんなお話を伺っているはずなのに、私自身が非常時のことがまったく想定できてないと実感したんですね。だから自分の中だけで考えるのではダメで、これまでのいろんな歴史や社会情勢、海外でのできごとといったさまざまなことを、視点をずらしながら考えていく必要があると思ったんです。それによってイノベーションにもつながっていくのだと、『フェーズフリー』と出合ってから自分自身もそのような考え方を抱くようになりました。

―― 佐藤
その視点をどうやってずらしていくかが、イノベーションを起こしていくすごく重要な要素だと私も思っています。加藤さんはそこに気付いてくれていて嬉しいのですが、気づいてくれた上で今、どんな活動をしているのですか?

―― 加藤さん
そのご質問をいただくと思っていました(笑)。
『フェーズフリー』の概念ともすごく馴染むと思っているのですが、最近では“コミュニティ形成モデル”というものを考えていきたいと取り組んでいます。

―― 佐藤
それはどういったことですか?

―― 加藤さん
高齢化や孤立・孤独対策とか、子育て支援の問題などについて、解決するための地域コミュニティの可能性はすごく重要だと思っています。一方でそのコミュニティって、人と人とのつながりが希薄化してしまっていることも多いし、一過性になっていたり、特定の人しか入っていないみたいな現状があるのも事実です。これでは、有事の際のコミュニティの機能への懸念も感じますし、そもそも持続的じゃないなと思うんです。
不確実性の高い世の中で、コミュニティを新しくつくっていくために何をしたらいいかというときに、やはり『フェーズフリー』の概念ってすごく重要なんですね。例えばある都市部と地方とか、高齢者と若者とか、そこにはさまざまなところに壁があるのですが、その壁を『フェーズフリー』の概念で、こう日常時も非常時も生きるコミュニティづくりみたいなものができたら、すごく面白いなと思っているんです。それはリアルにとどまらず、バーチャルやメタバースというものにもつながっていくものと考えています。

―― 佐藤
それは僕もすごく興味があります。僕の言葉で言うならば、コミュニティとは課題を共有して解決できる仕組みということ。それぞれの課題は共有できていて、その解決方法を一緒に築き上げていくことができる。『フェーズフリー』なコミュニティというのは、その機能を高めればいいだけだと、私自身は捉えているんです。課題を共有する機能、課題を解決する機能を高めていくことが、実は『フェーズフリー』になっていくということ。普段つながり合えない人をいかにネットワークして課題共有させるかなどといったことではなく、そのコミュニティが有する本質的なものをいかに伸ばすかを考えると、自然と『フェーズフリー』になっていく。そんなことも一緒に、もっと話していきたいですね。

―― 加藤さん
本当にそう思います。

フェーズフリーアワードが生み出す“点と点”をつなぐことが大切

須﨑さんとの対談-3

対談は株式会社三菱総合研究所の会議室で行なわれました

―― 佐藤
加藤さんには5年ほど『フェーズフリー』に携わっていただいていますが、現場的な感覚からして今後さらに『フェーズフリー』を広げていくにあたっての課題を感じることはありますか?

―― 加藤さん
何かを着想するにあたってという意味では、新規事業開発の担当やベンチャーなどにとって、『フェーズフリー』はフレームワークのようなものを示唆してくれるものとなっています。でも実際に何かを、ゼロをイチへと創造しようというときに、『フェーズフリー』と出合ってからのアクション、つまり“how to”のようなところまでは、まだ落とし込めていないなあと感じることはあります。

―― 佐藤
それはいろいろなところで言われますね。今は、たくさんいただくさまざまな問い合わせに対して、できる限りマンパワーで応えているところですが、とっくに限界が来ている。“how to”じゃないけれども、何をしていけばいいのかという行動のヒントがないと、なかなか広がるのも難しくなることは理解しています。須﨑さん、何か良いアイデアはないでしょうか。

―― 須﨑さん
最初から完成したものでなくていいと思うのですが、思考ツールのようなものが必要かもしれませんね。そういうものがあると、一挙に広げやすくなる。ただマニュアルのようなものではなくって、私どもがオープンイノベーションと言うときに最も大事にしている「コレクティブインパクト」という概念があるのですが、取り組み自体はみんな一緒のことをしなくてもいいです、ただ、同じ方向を向いてやらないとインパクトが出ませんよということが大切かと。その、同じ方向を向くということ、つまり共通認識を持つとか、価値観をある程度揃えるといったことが、まずは重要になってくるのではないでしょうか。

―― 佐藤
そうですね。

―― 須﨑さん
だから人やコミュニティによって価値観も必要なことも違ってくるし、ソリューション自体もどこに提供するかによって解がまったく違うものになってくる。その、ある種細分化されたというか、カスタマイズされた『フェーズフリー』が当たり前なのだという認識で、これから進めて行く必要があると思いますね。

―― 佐藤
『フェーズフリー』はカスタマイズがどこまでもできるから、それがかえって難しくしてしまう面もある。要は『フェーズフリー』というのは、ある方向性しか示していないということですね。

―― 須﨑さん
そうですよね。だから、先ほど加藤も言っていた“フェーズフリーで考える癖をつける”とか、何か取組みの入口のところで『フェーズフリー』を意識しないといけないということがすごく大事になります。だから直接的な解ではなくって、入口から先のところが重要なわけですよね。

―― 佐藤
その通りです。

―― 須﨑さん
だから、『フェーズフリー』で考えようということだけでは何もソリューションにはならない。どうしたら『フェーズフリー』で考えられるのかとか、それこそフェーズフリーアワードがそのきっかけになっていくわけで。『フェーズフリー』ってあくまで入口であって、その立ち方みたいなことを教えてくれるコンセプトである。そこから先を考えて行動していくのはあなたですよということだと思っているんです。だからそこをいかに考えるか、いかに活動するのかというのを、『フェーズフリー』という言葉を持ちながら共有化してくことが、これからのチャレンジなのかなと思うんですね。

―― 佐藤
それは本当に、フェーズフリー協会の私の課題でもありますが、須﨑さんとか加藤さん、さらには三菱総研さんの課題でもあると思うんですよ。『フェーズフリー』に共感してくれて、『フェーズフリー』はイノベーションを起こすんだなと、そこまで分かっている。その『フェーズフリー』に関してほとんどの人が可能性を感じるしそれに否定はしない中で、具体的に何かつくっていきたいとか何かしたい時に、今はその“how to”になるようなものがない。そこを今後、解決していかなくてはなりませんね。
最後の質問になるのですが、2回目となるフェーズフリーアワードには、どのような期待を持っていますか?

―― 須﨑さん
リアルであろうとサイバーであろうと、これからレジリエントな世の中に向かっていくと思います。レジリエントというのは物理的にも強靭だし、あるいは非常時にも経済的な危機にも耐えられるかもしれないという、しなやかな強さみたいなものを持っている世の中ですね。我々にとってもすごく大きな命題だと思うんですけれども、『フェーズフリー』はそこに向かうための、一つの大きな原動力だなと思っています。フェーズフリーアワードに応募された対象を見て、やはりそういった新しい世の中、僕が思うレジリエントな世の中を予感させてくれるような、そんな提案が出てくるとすごく楽しいなあと思います。

―― 佐藤
前回のアワードではまだ感じられなかった?

―― 須﨑さん
個別の提案はすごく質の高いものがいっぱいあって、それぞれの評価がすごくあったのですが、まだ粒というか、一粒一粒のような感覚を受けています。

―― 佐藤
なるほど。それらの粒がつながっていくというか、須﨑さんが言われるレジリエントにつながることが分かっていくような、何か象徴となるような提案に期待という感じですかね。

―― 須﨑さん
そうですね。

―― 佐藤
フェーズフリーアワードが生み出す点と点をつないでことにも、今後さらに力を入れていきたいと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします。

―― 須﨑さん・加藤さん
よろしくお願いいたします!

須﨑さんとの対談-4

対談を終え株式会社三菱総合研究所のエントランスで記念撮影

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