『フェーズフリー』とは、“日々のバージョンアップ”

フェーズフリーアワード2023 審査委員
株式会社マウントフジアーキテクツスタジオ一級建築士事務所 主宰建築家
芝浦工業大学教授

原田 真宏さん

第3回フェーズフリーアワードから新たに審査委員を務める原田真宏さん(以下:原田さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談がおこなわれました。建築家として独自の価値観を持ち数々の住宅や大規模な施設などを手がける原田さんの、『フェーズフリー』に関する考えや想いとは?
(2023.1 実施)

写真・文:西原 真志

原田さんとの対談-1

第3回フェーズフリーアワードで審査委員を務める、原田真宏さん

自然と社会の合理性。そのバランスが取れたときに、美しさや感動が生まれる

―― 佐藤
伺いたいことがたくさんあるのですが、まずはどうして建築家を志したのか、教えていただけますか?

―― 原田さん
原点からお話しますね。僕は静岡県焼津市出身なんですが、親父が清水の造船会社で船の設計者をしていたんです。完成した船の試運転に同乗させてもらったのですが、港を出て水平線の真ん中に行って、海と空だけの中で船だけがポカンと浮いている。それが完璧なバランスでね、超カッコいいって感じた(笑)。静寂の中に人工物が見事に収まっているという、その完全に釣り合っている姿が格好いいと感じたんです。

―― 佐藤
なるほど、完璧なバランス。

―― 原田さん
その時の光景が、僕が美しさというものを最初に実感した体験なんですが、今度は沖に出た船が反転して、港に戻るじゃないですか。陸に近づくにつれて、だんだん我が町が見えてくる。そのときに、船は超カッコいいのに我が町はあんまりカッコよくないなあって思っちゃったんです。それで美しい風景で暮らしたい、風景をつくれる仕事ってなんだろうと思ったら、建築かなと。

―― 佐藤
なるほど。

―― 原田さん
船って自然の中で、合理的じゃなきゃいけないんですね。不合理だと沈没や事故につながってしまう。波が高かったり嵐があったり、雷も落ちるような自然の中でも、合理的だから沈まない。だけど、船を造船する元々の動機って、社会なんですよね。社会の活動の合理性に応えていながら、自然の合理性にも叶っている、そのバランスが取れた状態が美しいのだと理解したんです。でも、そういうものを人間は造れるのに、なんで我が町はこんな感じなんだろう……って思って。

―― 佐藤
そうか(笑)。社会の合理性と自然の合理性のバランスが取れたときに美しさがあると気づいて、そんな美しい風景をつくるには建築家になればいいと。

―― 原田さん
そうそう。船で言えば人や物を運ぶという動機、つまり社会の合理性に応えながら、自然の合理性にもちゃんと叶っているっていうのが、船のカッコよさなんですね。その2つのファクターが同時に叶うって、なかなか難しい。でもそのバランスが取れたときにそれは本当に美しい。それこそが、感動を生むところじゃないかって思うんです。

―― 佐藤
実は僕も、同じような感覚を得たことがありました。自分は土木工学の道に進んだわけですが、最初に社会と自然の合理性を感じたのは、子供の頃に見た「くろよんダム(黒部ダム)」でした。

―― 原田さん
ああっ、あのアーチ型のね。

―― 佐藤
そうそう。あれって今思えばですけど、まさに合理性なんですよ。あのアーチは別に美しさを求めているわけじゃなくて、水を貯える、過酷な自然環境に耐えるという構造を、ダムとしての社会の要求を考慮しつつ、シンプルに機能を追求していった結果そうなった。そんなふうに考えると、原田さんが建築を志したのと、僕が土木の道に進んだというのは、起点が近い感じがする。

―― 原田さん
本当ですね。建築マニアでもあった文豪のゲーテがとてもいい言葉を残しているんですよ。良い建築の定義として、『市民の要求に叶った第二の自然となっている建築』というような言葉。建築も社会の合理性だけではダメで、ゲーテの言うとおり第二の自然にもなっていないといけない。この言葉は僕たちの建築の尺度、物差しになっていますね。

―― 佐藤
第二の自然になっているというのは、簡単に言うと社会に溶け込んでいるとか、暮らしの一部になっているようなイメージですか?

―― 原田さん
簡単に言えば、自然科学的な合理性です。先ほどのダムの例でも、アーチが圧縮力しか掛からないような形状になって成立していますよね。鳥の巣や鳥の羽の形でも、やっぱり自然の合理性に適った形だと思うんです。そんな、その自然の合理性に至っているものとして、建築や都市をつくりたい。

建築でも防災でも、自分事にできるスケール感が重要

原田さんとの対談-2

対談はマウントフジアーキテクツスタジオ一級建築士事務所のオフィスでおこなわれました

―― 佐藤
具体的に原田さんが建築の道に足を踏み入れたのはいつ頃ですか?

―― 原田さん
大学で三井所清典(※1)研究室に在籍して、建設工学を学んだときですね。結構体育会系だった(笑)。

―― 佐藤
先日、三井所さんと話す機会があって原田さんの話が出たのですが、「彼がいつも最後まで残っていて、終電ギリギリどころか徹夜で議論した」っておっしゃっていました。その頃はどんなことを研究していたのですか?

―― 原田さん
三井所先生は皆に健全な空間を与えるといったことをテーマにしている方で、町や生活環境、歴史とか文化といったものをどう建築が扱うかを追究していました。今振り返って一番学んだと思うのは、建築はプロセスであるということですね。建築や都市を完成したものと捉えないで、いつも過程の中にあるという考え方をする。つくることも、住んで使っていくということも、どちらも建築のありようだと。建築は常にプロセスの中にあるということを、三井所先生から学びました。

―― 佐藤
原田さんが手がけた「道の駅 ましこ」もその考えから生まれた?

―― 原田さん
そうです。「風景でつくり、風景をつくる」というコンセプトで、町の象徴としてはもちろん、物理的にも経験的にも土地の風景に連続していく。ある時点で完成というのではなく、時間軸が含まれた建築ですね。

―― 佐藤
時間軸が含まれた建築って、面白いですね。

―― 原田さん
もっと言えば、今は手の掛からないメンテナンスフリーがすごく求められる時代ですけど、建物ができたら手もお金もかからないのが良い建築だという尺度が、僕はどうしてもそう思えなくて(笑)。むしろメンテナンスありの状態にしておく方が、建築と人の関わりも継続するし、メンテナンスのために職人さんたちの手も入るから、建物と人の関係性がずっとつながっていくし、むしろ結果的にはランニングコストも抑えられると感じるんです。

―― 佐藤
確かに、ランニングコストがかからないのが良いとされがちですね。イニシャルコストとランニングコストは、メンテナンスを続けることで結局は下がるんだという感覚を持つのは、すぐには難しいかもしれない。

―― 原田さん
そうそう、でもコストのデザインもするべきだと思うんです。

―― 佐藤
「道の駅 ましこ」では、イニシャルとランニングコストのバランスを踏まえて、時間軸をともなった建築になっているのですか?

―― 原田さん
そうですね、例えば地場の木や土を使っていますし、職人さんも地元の方が参加している。それらは地のものだから安価なわけです。さらに、つくり方とか直し方とかが、地元できちんと伝承されていくんですね。メンテナンスフリーじゃない建築物があると、手間が連鎖していって、人や企業、森とか川とか海も守られていくという、メンテナンスがずーっとつながっていく状態が維持されるんですよ。

―― 佐藤
確かにそうですね。よく持続可能な社会っていいますけど、結局原田さんがおっしゃるみたいに回り続けるようにデザインされていることが重要で、そこにメンテナンスフリーが入ると循環することを否定しているんじゃないかって思いました。

―― 原田さん
そうそうそう(笑)。

―― 佐藤
話を聞いていて、それってすごく『フェーズフリー』だなと感じました。原田さんは『フェーズフリー』という言葉やコンセプトに触れたとき、どのような感想を持ちましたか?

―― 原田さん
そうですね、まずはハードルがないというか、自分たちの安全や安心を守るのが、身近に感じられるような印象を受けました。防災っていうと、大上段に構えてしまうじゃないですか。そんな感じじゃなくって、もっと近いところの、日々のバージョンアップと言うかね。

―― 佐藤
日々のバージョンアップ、いい言葉です!

―― 原田さん
防災っていうと、ヘルメットや食料を蓄えるといったこと以外、個人でできることがイメージつきにくいけれど、自分たちの生活をつくる、暮らしを維持すると考えていくと、参加しやすくなる。

―― 佐藤
そうそう。災害や非常時と言うと、突発的に起こるものと捉えがちですが、でも実際は非連続ではなく連続した先に発生するもの。まさに日々のバージョンアップで、ふだんの生活に役に立ちつつ、非常時にも活用できるといったことが重要なんですね。

―― 原田さん
防災って言うと、一つのプロジェクトとして、ヒューマンスケールを超えてしまっているように思うんです。

―― 佐藤
そのとおり、ヒューマンのスケールを超えてしまっている。自分たちの思いとかマネージできる範囲を超えてしまっているから、なかなか自分事として捉えにくくなってしまっている。

―― 原田さん
だから、みんなが自分事にできるスケール感というものがあって、それが大事だと。建築でも何か課題を解決する建築というのではなく、最近僕が良く言うのは「住まいと成していく住まい」だったり、「終わらない建築」だったり。つまり、常に自分事として関わっている。

―― 佐藤
そうですね。防災の面でも、災害を想定して備えましょうと言ってもなかなか備えられない。そこでみんなが自分事にできるスケール感にするために、備えられないことを前提に、いつもも、もしもも良くして人々を守ることを考えた。それが『フェーズフリー』でした。僕も、原田さんと同じような考えと手法を持っているのかもしれない。

―― 原田さん
そうですね。お互い別の入口から入っているけど、何か同じ所を目指している感じがする(笑)。

※1:三井所清典さん
公益社団法人 日本建築士連合会 名誉会長、株式会社アルセッド建築研究所 代表取締役 所長、一級建築士。フェーズフリーアワードの第1回と第2回で審査委員を務めた。

"あちら側"をつくらない。全部"こちら側"の世界にする

原田さんとの対談-3

原田さんは建築家を志したきっかけから近年の取り組み、『フェーズフリー』に関する考えなどを話してくださいました

―― 佐藤
原田さんには、今回のフェーズフリーアワードに審査委員という形でご参加いただくわけですが、どんなことに期待しますか?

―― 原田さん
僕は自分が暮らしている風景が良くなったらいいなあと思っているから、建築に関する応募対象の場合も、敷地の中だけで完結する話ではないことに関心が向いていけばいいなって思います。
また、自分の目に映る範囲のすべてが自分のものだって思って、それらが良くなるように考えていく。そんな概念のチェンジが、このフェーズフリーアワードで叶えられたらいいですね。誰もがもっと、心地よくて美しい世界で暮らせるようになるんじゃないかと。

―― 佐藤
概念のチェンジは、本当に大切だと思います。

―― 原田さん
私たちの暮らす社会は、物理的にも空間的にも、時間的にも、連続しているんですね。だから自分も、ずっと関わり続けられる、時間軸のある建築を考えているんです。日常時も非常時もつながっているように、建造物もいつまでも連続してつながっていく。

―― 佐藤
先ほどの「住まいと成していく住まい」とか「終わらない建築」というのも、まさに『フェーズフリー』と言えますね。

―― 原田さん
はい。建築や住まいの本質は、与えられるのではなく、成していくこと。その成していくプロセスに関わる人の数が増えることに比例して、幸せも大きくなっていくんでしょうね。『フェーズフリー』もきっとそう。

―― 佐藤
原田さんがマウントフジアーキテクツスタジオのWebサイト内で書かれている、『質の対話』(※2)という文章を拝読したのですが、実はそれがすでに『フェーズフリー』なのではないかと感じていまして。

―― 原田さん
ああ、最初につくったテキストだ。

―― 佐藤
現代建築によく見られる「社会課題に対する解が建築である」という捉え方を原田さんはしないと宣言している。問いを立てて、その問題に対してこの建築がその答えになる、というものでは建築はないのだと。合ってますか?

―― 原田さん
合ってます。そんなに一直線なものじゃないよねということです。

―― 佐藤
そう、一直線なものじゃない、それって実は防災も同じなんです。これからこんなことが発生しますから、その問題への解決策を用意しましょうとなると、ヘルメットになってしまう。日常の暮らしからは、遠いものになってしまう。

―― 原田さん
異物ということですね。

―― 佐藤
そう! 異物なんです。当初は原田さんって、ふだんの地域社会にどんな課題があってそれをどう建築で解決するのかを考える人かと思ったら、そういう話ではないんだと。どうして原田さんはそこに行き着いたのですか?

―― 原田さん
現代建築って、基本的には「正解」としてつくられているんですよ。だけど正しい解答っていう顔してるものばっかりで町が満たされたときに、あれ環境ってどこいっちゃったんだろう? 建築はできてしまえば問題、つまり環境に戻るわけです。そこを無視して抽象的な「正解」で町が満たされてしまうっていうのが、やっぱり僕らが生まれ育った町であり世界なのだから、そろそろやめようよって思った。

―― 佐藤
ああすごい。僕が『フェーズフリー』に行き着く前に、原田さんに15年以上も前に言われてしまっている(笑)。本当に、防災と同じです。
これから災害が起きます、そこでこのような課題が起きます、それに対する答えはこれですというものが並んでいるだけでは実は解決につながっていない。ふだんの私たちの暮らしという本質を捉えて、何が私たちの暮らしを豊かにするのか、アプローチ方法や価値は何かをきちんと理解した上で、その質を見直していく、そして、その質を上げていく。そういったプロセスの結果として、今の災害や地域の課題が解決できてればいいじゃないのかということ。

―― 原田さん
うんうん。

―― 佐藤
原田さんの言う“質の対話”が『フェーズフリー』に近いと言っている感覚、分かりますか?

―― 原田さん
めちゃめちゃ分かりますよ。だって、”あちら側”をつくらないってことでしょ、全部”こちら側”の世界にしましょってことだよね(笑)。

―― 佐藤
そうそう、嬉しい。何年も前にそんなメッセージを、原田さんがもう『質の対話』という文章として発信しているのがすごい。

―― 原田さん
あの、同志がやっぱりいるんですよ。どこかにパラレルにね。それがようやく出会い始めたっていう時期なんだね(笑)。

―― 佐藤
本当にそうですね。改めてこれからよろしくお願いします。本日はありがとうございました。

―― 原田さん
ありがとうございました。

※2:マウントフジアーキテクツWebサイト
http://fuji-studio.jp/

原田さんとの対談-4

約2時間の対談を終えて笑顔の原田さん(右)と佐藤

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