『理(ことわり)』を共有したコミュニケーションで、自分もまわりもアップデートできる

フェーズフリーアワード2023 審査委員
有限会社 znug design(ツナグ デザイン) クリエイティブ・コミュニケーター/CEO

根津 孝太さん

第3回フェーズフリーアワードから審査委員を務める根津孝太さん(以下:根津さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談がおこなわれました。家族型ロボットとして新しいコミュニケーションの形を提示する『LOVOT』や、やわらかな素材でできた超小型電気自動車『rimOnO』など、プロダクトデザイナーとしてさまざまなアイデアを形にしている根津さんの『フェーズフリー』に関する考えや想いとは?
(2023.2 実施)

写真・文:西原 真志

根津さんとの対談-1

第3回フェーズフリーアワードで審査委員を務める、有限会社 znug designのクリエイティブ・コミュニケーター/CEOの根津孝太さん

デザインのはじまりは、モノやコトの『理(ことわり)』を大事にすること

―― 佐藤
フェーズフリーアワードの審査委員をお引き受けいただきありがとうございます。根津さんの肩書きはいろいろありますが……軸はプロダクトデザイナーですか?

―― 根津さん
そうですね、元々はカーデザイナーだったのですが、クルマもプロダクトのひとつと思えば、大きくいえばプロダクトデザイナーですね。なんでもいいんですけどね、呼ばれ方は(笑)。

―― 佐藤
名刺の肩書きはクリエイティブ・コミュニケーターとなっていますが?

―― 根津さん
自分で考えた肩書きなんです。コミュニケーションこそがクリエイティブの原点だというような意味で、そう名乗っています。

―― 佐藤
根津さんがクリエイティブ・コミュニケーターあるいはプロダクトデザイナーを目指したのはどうしてなのですか?

―― 根津さん
小さい頃から絵を描いたり何かをつくったりすることが大好きでした。高校時代にデザインというものが注目されて、名古屋でデザイン博があったり、自動車会社各社がデザインを前面に出してクルマの企画をしたりだとか、デザインが大事だという認識が一般化していった時代だったんですよね。 今だったらなにも珍しくないんですが、一般的な雑誌でデザインを特集することも増えていきました。デザインを勉強するにはこんな学校に行けばいいといったことも書いてあって、それまではどんな仕事をして生きていこうか、あまり考えたこともなかったんですが、「なるほど! デザインで生きていけるんだ!」という意識が芽生えて、そのまま進んでいった感じですね(笑)。

―― 佐藤
実際にその後、デザインの世界に入ってみてどうでしたか?

―― 根津さん
千葉大学の工学部工業意匠学科(現デザイン学科)に入学したのですが、絵を描くだけがデザインじゃないということも学びました。人間工学や材料工学などの工学的な側面や、デザインが与える社会的な影響など、デザインを勉強していくための礎となるものは、いろいろあるのだと実感しました。今思えば、何か扉が開いたような感じでしたね。

―― 佐藤
おお、扉が開いた感覚ですか。自分の感性を研ぎ澄ませて何かやっていくというよりも、広く社会との対話だとかその素材の在り方みたいなものもきちんと理解しながらモノづくりをしていくっていうことが、扉が開けた感じで認識できたと。

―― 根津さん
そうですね。スキルはスキルでもちろん大事だと思っていましたが、デザインには、社会的課題の解決など、社会と密接にかかわる側面があって、そういったことを考えるために何を蓄積していくべきかということの重要性を教わったように思います。

―― 佐藤
デザインっていろんな引き出しの中でアウトプットするもので、クルマやファッションなどいろんなものがありますよね。その中でクルマのデザインという方向に進まれたのはどうしてですか?

―― 根津さん
年を重ねた今は興味の対象がいろいろ広がっていますが、小さいころから親が心配するほどにクルマとかメカが大好きでした(笑)。とにかくタイヤが付いているものに興味があって、「動く」ということそのものに惹かれていたんでしょうね。

―― 佐藤
なるほど。

―― 根津さん
クルマのことを走る彫刻と表現される方もいらっしゃるんですが、まさに彫刻をつくるかのように純粋な美を追求するところと、ギチギチの工学的設計がとなり合って存在しているところ、それが非常に面白いなと思ったんです。

―― 佐藤
機能としてのデザイン、それから感性としてのデザイン、根津さんはその両方を手がける?

―― 根津さん
両方ですね。僕は『理(ことわり)』という言葉が大好きなんですが、クルマで例えて言うならば、クルマだって時代や社会に合わせて変化させなくちゃいけませんよね。何かをドラスティックに変えようを思ったら、そのものの仕組みである『理』が分かっていないとできない。だから自分がデザインを担当させていただくものに関しては、たくさん勉強します。詳しい担当者の方に時間を割いていろいろと教えてもらったり、そういうところはしっかりやります。

―― 佐藤
そのあたりがデザイナーからクリエイティブ・コミュニケーターに変わってきたターニングポイントですかね?

―― 根津さん
あー、確かにそうですね。

根津さんとの対談-2

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました

マイナスを一気にプラスに転じさせるパラダイムシフト、それが『フェーズフリー』

―― 佐藤
『理』だったり本質を理解するためには、その本質を理解している人とか自分に無いものを持っている人とのコミュニケーションが不可欠になるのでしょうか。

―― 根津さん
おっしゃるとおりですね。コミュニケーションのレイヤーをどんどん深くしていけば、根底では「良いものをつくりたい」という共通意識で手を握れるはずなんです。深いコミュニケーションをすれば、その『理』が見えてくる。

―― 佐藤
根津さんのおっしゃる『理』というのは、『フェーズフリー』をデザインしていく上でもとても大切なんですよね。

―― 根津さん
同感です。

―― 佐藤
防災用品や防災グッズは非常時の私たちの大切な解決策を提案しているプロダクトなのに、人々に届かないのはなぜなのかって考えると、『理』を失っているからなんですよね。だから、私達の暮らしの中にあるいろんな『理』をまずは理解して、その延長線上に非常時の解決策を含めていこうとしているのが『フェーズフリー』なんですよね。

―― 根津さん
非常時のためのものの見た目が多少マシになっているというだけではまったくだめで、日常時の生活も良くなることが必須なんですよね。つまり、いつもともしもの両方が良くならなきゃいけないと。

―― 佐藤
そうそう。

―― 根津さん
でもそれは簡単に見いだせるものではないですし、短絡的な解決方法に陥ると、ゴールにはたどりつけないと感じます。

―― 佐藤
そうです。

―― 根津さん
例えば何か地域に根差したものをつくろうと思えば、その地域についてしっかりと多面的に勉強した上で、深いとこまで潜っていって、日常時と非常時のここであればつなげられるのではないかという、根底の『理』を見つけることがすごく大事なのではないかと思います。

―― 佐藤
非常時をデザインするっていうのは、別次元のことと捉えてデザインする側は身構えてしまいがちです。でもそうじゃなくて、意外と日常時と非常時というのは根底的に同じ。それは私達の暮らしを支えるということが、基本的には一緒なんですよね。

―― 根津さん
やはり、日常というものが、ある意味、我々にとって『デフォルト』すぎるっていうのはあるんですよね。

―― 佐藤
そうそう(笑)。

―― 根津さん
だからいったん、日常時に相対するものとして非常時というものを定義してみたときに、でもそこには共通する価値があるはずだと見ることで、逆に日常を見直すことができるようになる。一度非常時に行ってから日常に戻ってくるということですね。

―― 佐藤
そのとおりですよ。

―― 根津さん
その意味で、『フェーズフリー』という言葉ができたことって、すごいと思っているんです。非常時のものなんだからしょうがないという諦念感がある状況で、『フェーズフリー』という言葉を発明して、具体的なプロダクトやサービスと一緒に世の中に広めていく。そうすると、災害時のものだからってあきらめなくていいんだということを、広く伝えていけるようになる。『フェーズフリー』に関わる領域は、とても広くて、まだあまり手をつけられていないブルーオーシャンなんじゃないかとも思うんです。

―― 佐藤
そうなんですよ。諦念感という言葉が出ましたけど、そもそも多くの人が『フェーズフリー』的なことを考えていたんじゃないかと思うんですね。これ非常時にしか使えないって不便だよねとか、ふだん使っているものがいざというときにも使えたらいいのにね、とか。そんな、なんとなくのモヤモヤとした考えがあったけれど、でもそれが何なのか明確に分からなかった。

―― 根津さん
そうですね。それに加えて、生活の質ということにも意識を向けるべきだと思います。非常時には役に立って、日常時は迷惑にならないというようなレベルのものではなくて、その両方の生活の質が上がるという価値を明確に規定することが大事だと考えています。そこでひとつモヤモヤが晴れるんですよね。“いつも”と“もしも”の両方のフェーズで、ちゃんと価値を出さないといけないという定義が明確になることで、モヤモヤが晴れるんじゃないかと思うんです。

―― 佐藤
防災はコストですけど、『フェーズフリー』はバリューだってよく言われますが、そのあたりが理由ですね。

―― 根津さん
そうですね。マイナスをゼロにする活動だと、ゼロにすらならないことも多いですよね。一気にプラスに転じることで、パラダイムを変えてしまおうというのが『フェーズフリー』ということですよね。

根津さんとの対談-3

根津さんはこれまでの歩みや『フェーズフリー』についてなど、さまざまなお話をしてくださいました

フェーズフリーアワードは、『デフォルトの壁』を越える場になる

―― 佐藤
価値をつくる側は、その点をしっかりと考えていかなくてはいけないですね。

―― 根津さん
はい。

―― 佐藤
たぶんフェーズフリーアワードに参加しようとしてくださっているいろんな方々、特にクリエーターの人たちは、この『フェーズフリー』というお題に対して、それまで想像しなかった非常時のことを想定してデザインを考えなくてはならない。
さっき根津さんが言った『理』を深く正確に理解しながら。そこに難しさがあって、これも根津さんの言う『デフォルトの壁』を越えるというところがキーワードになるのではと思いますが、越えるにはどうしたらいいのですか?

―― 根津さん
他者とのコミュニケーションを重ねて理解していくことですね。それを深掘ることで、それまでは当然かのように存在していた『デフォルトの壁』を越えていける。 “いつも”のことがよく分かっていても、“もしも”に対して理解が浅ければ、やはり『デフォルトの壁』は破れないと思うし、その逆も然りだと思います。

―― 佐藤
トライしても、結局コンサバティブなものになってしまう……。

―― 根津さん
そうなんです。だから、“いつも”が得意な人は“もしも”のことを、“もしも”が得意な人は“いつも”のことを真剣に考えるっていうことですよね。 その真剣に考えるということも、自分一人で考えるだけでなく、知見を広く深くしていくために、異なるバックグラウンドを持つ他者とのコミュニケーションがとても大切になってくる。
他者の存在があって、自分の考えを壁打ちしてみて初めて、『デフォルトの壁』を越えられる。そういう他者との関係を積極的に持つべきだと思っていて、多種多様なご経験を持った審査委員の方々が集うフェーズフリーアワードは、壁を越えるためのコミュニケーションを生み出す場になると確信しているんです。

―― 佐藤
根津さんがフェーズフリーアワードに特に期待するのはその部分ですか?

―― 根津さん
コミュニティづくりですよね。フェーズフリーアワードを中心に、想いのある人々が集まって、コミュニティができる。そこで自分の答え、お互い求めあっている答えを見つけ合えるような、そういうコミュニティに育てていくこともできるはず。

―― 佐藤
そこをもうちょっと詳しく聞かせてください。そのコミュニティをつくるとき、また誰かとコミュニケーションするときに、一番重要なことって何ですか?

―― 根津さん
最も根底にある価値を共有することですね。

―― 佐藤
それは『フェーズフリー』で言うならば、私達が暮らし生きている、日常時と非常時というのは、実は根底的に同じだという。根津さんの言う『理』ですね。

―― 根津さん
そうです。“いつも”と“もしも”が地続きだと発信していることが、まずは大発明ですよね。その根底を共有して、それぞれの視点からコミュニケーションを重ねていくんです。多種多様な視点を持つ審査委員の皆さんと、根底の価値は共有しつつも、いろんな角度から議論をしていければいいと考えています。

―― 佐藤
最後にもう一点だけ。クリエイターである根津さん個人として、『フェーズフリー』やフェーズフリーアワードに参加する意義ってどのように感じていますか?

―― 根津さん
それは一言、「アップデート」です。パーソナルな話かもしれませんが、関わることで僕自身がアップデートされたい。そして、『フェーズフリー』やフェーズフリーアワードに参加する誰もが、同じようにアップデートされていく、僕はそう思っています。

―― 佐藤
全身鳥肌立ちました(笑)。アップデート、まったく同じ思いです。本日はありがとうございました。

―― 根津さん
ありがとうございました。

根津さんとの対談-4

約2時間の対談を終えて笑顔の根津さん(左)と佐藤

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