フェーズフリーアワード2023 審査委員
兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科 教授
阪本 真由美さん
(2023.3 実施)
写真・文:西原 真志
ふだん使っているものに、「分散」という考えを組み込む
―― 佐藤
阪本さんは第2回フェーズフリーアワードから審査委員として参加いただきましたが、振り返ってみてどのような感想をお持ちですか?
―― 阪本さん
デザインをする人の視点や、デザインを評価する人の視点を知る機会は、私たちの日常ではほとんどありません。だから、なるほどそういう視点で見ているのか、と知ることができる点は、自分にとってはすごく新鮮で印象的でした。
―― 佐藤
なるほど、ふだんはない視点に触れたのですね。
―― 阪本さん
はい。それから防災寄りのグッズって、基本的にいざというときに使うことを想定していますが、いざというときだけを考えていると、いざというときに使えないものが結構あるんですよね(笑)。そう考えると、日常的にふだんから使っておくという視点を上手に取り入れることは、大事だと実感しました。
―― 佐藤
防災グッズって、使えるかどうかあまり確かめませんよね。だって、いつもは使わないから。
―― 阪本さん
ふだん使っていないものが、いざというときに役に立つわけがない。そこは、なるほどなあと思いました。
―― 佐藤
阪本さんにとっても気づきだったのですね。
―― 阪本さん
そういう視点をもっと日常から入れていかなくてはならないと思いました。わざわざ防災グッズにこだわらなくても、ふだん使っているものが、いざというときに使えるということをもっと認識しておけばよい。エコや省エネの中にも『フェーズフリー』なものがあるという話もあったかと思うのですが、それも印象的でしたね。
―― 佐藤
ありましたね。
―― 阪本さん
ふだん使っているものに、分散型という要素が加わると、いざというときにレジリエントで役に立つ、とも思いました。
―― 佐藤
分散型?
―― 阪本さん
はい、分散型。例えば電気でも、ひとつの大きなもので明るくするのではなくて、細かいものを多く設置しておくのがレリジエンスだと思うんです。
―― 佐藤
なるほど。
―― 阪本さん
だから水も大量に一箇所に備蓄するのではなくって、少しずつあちらこちらに置いておくとか。エネルギーも分散型になっています。私たちの日常生活においても、いろいろ分散的な要素を入れておくとよいですよね。
―― 佐藤
確かに、何かひとつのものに集中してしまうと、それが壊れたときのダメージが大きい。
―― 阪本さん
確かに大きいですね。
―― 佐藤
分散することで便利を実現したり、良くなることに貢献しているといった事例ってありますか?
―― 阪本さん
エネルギーはまさにそうで、個人でソーラーパネルを買って蓄電池を置いておけば、スマホの充電という程度の電力を得られます。またマンション全体で考えると、備蓄を一箇所に置くのではなくてフロアごとに置くとか、電気も間接照明を充実させるとか。データだって、分散させてバックアップを取っておけば安心ですよね。
―― 佐藤
そう考えると、分散って重要ですね。
―― 阪本さん
防災食品を一度に買いだめするのではなく、ローリングストックでふだん食べながらいざというときにもきちんと食料が確保できる。防災グッズや非常食でなくて、ふだんもいざというときも食べられるという、まさに『フェーズフリー』な食ももっと増えていくといいなと思います。
コミュニティをネットワークして、地域ごとの支援を実現
―― 佐藤
以前、阪本さんが『フェーズフリー』を捉えたときに、一貫して言われていたのが「コミュニティ」や「コミュニケーション」でした。
―― 阪本さん
はい、それは今も変わらないですね。
―― 佐藤
最近の事例として、それらを感じる取り組みなどはありますか?
―― 阪本さん
そうですね。知人が愛媛県宇和島で子ども食堂を運営しているのですが、それを見ていろんな気づきがありました。
―― 佐藤
それはどのような?
―― 阪本さん
子ども食堂というのもコミュニティやコミュニケーションを強める存在ですが、そこに子どもだけでなく高齢者も集えるようにしたんですね。しかもそれをいろんな場所でつくっていくという。
―― 佐藤
それは誰が手がけているのですか?
―― 阪本さん
「うわじまグランマ(※1)」という団体です。元々は西日本豪雨で被害を受けた中で何ができるかを考えたときに、ホッとする食事を提供できるようにしましょうと避難所支援から活動を始めた団体です。そのフェーズが終わった後も子どもたちを支えられるように、子ども食堂を開始しました。
コロナ禍で子ども食堂の活動が難しい中で、PTAのメーリングリストを通して食糧支援が必要な方がいればと案内したところ、ニーズが多数寄せられたそうです。こんなに孤立しているお母さんたちがいるという話は印象的でした。現在は、地域ごとに子ども食堂を運営しているのですが、子どもだけでなく、地域の高齢の方も困っている方がいるので、地域ごとにできることを増やしていくという取り組みをしているんです。
―― 佐藤
もう、お見事といった感じです。コミュニティやコミュニケーション、さらにはネットワークや分散型といった、阪本さんのテーマすべてがつながっていますね。
―― 阪本さん
その子ども食堂に行ったときがちょうど玉ねぎの収穫シーズンで、地元の農家の方がいっぱい玉ねぎを持ってきてくださったんです。地方ほどそういった、支援してくれる若い人が多いんですよね。それを見て、地域のネットワークや支え合いのネットワークがつくられているんだな、と思いました。子ども食堂は多くありますけれど、ここでは災害時にも食の支援のネットワークとして活動ができるという気づきがあり、災害時の食の拠点づくりにも取り組んでいます。すごく良い取り組みだと思いました。めっちゃ『フェーズフリー』だって(笑)。
―― 佐藤
本当、すごい『フェーズフリー』ですね。フェーズフリーアワードに、応募いただきたいほどです(笑)。
(※1)うわじまグランマ http://u-grandma.jp/
いつも使えないものは、もしもにも使えない
―― 阪本さん
あと「コミュニティ」や「コミュニケーション」で最近実感したことがもうひとつありました。先日インドネシアに行っていたのですが、スターバックスに行ったら、スタッフの方が皆さん聴覚障害を持った方々なんですね。オーダーする段階から商品を受け取るまで、全部タブレットや文字のメニューと身振り手振りでコミュニケーションする。最初に店に行ったときは多少とまどいましたが、でも2回3回と足を運ぶと、どうオーダーすればよいのかが分かってきて、慣れると簡単にできるんだって感じたんですよ。
―― 佐藤
なるほど。そのコミュニケーションは、外国人との意思伝達もできますね。言語に頼らないという、まさにフェーズをフリーにしている事例ですね。
―― 阪本さん
いつもともしものバリアって、「いつも」の方を広げることによって「もしも」の側につながっていくのかなって感じました。子どもとか高齢者とか、障がいがあるなど本当に多様ですが、その「いつもの側」を広げれば広げるほど、「もしもの側」でも役に立つ可能性が生まれると。
―― 佐藤
そう! それは『フェーズフリー』の本質ですよ。
―― 阪本さん
だから多様な方の「いつも」を、もっともっと重視した取り組みが重要と思います。ハザードマップのユニバーサルデザインについて国交省の委員会で検討しました。視覚障害の方はハザードマップを見ることができません。ですので、触地図や3Dプリンターで地図をつくるなど、どんな地図が考えられるのかワークショップを通して考えました。その中で分かったのは、ハザードマップが分からないのではなく、そもそもふだんの地図が読めていないということでした。
自分が住んでいる場所の地形を知らないと、高いところに逃げなさいって言われてもどこが高いところか分からないし、避難所がどこかも分からない。
―― 佐藤
確かにそうですね。
―― 阪本さん
その体験もあって、障害をお持ちの方がアクセスできていないところを、何かもっと考えて取り組まなくてはと実感したんです。分かっていないことが分かれば、そこからアプローチができる。「いつも」の理解がないと、「もしも」には備えられないということなんですね。
―― 佐藤
まさにそうなんです。
―― 阪本さん
そもそも「いつも」ができていないから、「もしも」にもつながっていないものが、世の中にたくさん存在していると思います。障害をお持ちの方とのコミュニケーションなどを通じて、そこは本当に痛感しました。
―― 佐藤
なるほど。
―― 阪本さん
「いつも」から使っているものでないと、当然「もしも」にも使えないということなんですね。
―― 佐藤
本当に同感です。「いつも使えないものは、もしもにも使えない」って、名言です。今回も多くの示唆をいただきました。ありがとうございました。
―― 阪本さん
いえいえ(笑)。ありがとうございました。
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