株式会社 三菱総合研究所
主席研究員 未来共創本部長

須﨑 彩斗さん

フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)と、フェーズフリーアワードの審査委員を務める、三菱総合研究所主席研究員・未来共創本部長の須﨑彩斗さん(以下:須﨑さん)による『フェーズフリー』に関する対談が行われました。オープンイノベーションの視点から須﨑さんが捉える『フェーズフリー』とは?

※対談はマスクを装着し行っておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。

須﨑さんとの対談-1

フェーズフリー協会の会議室で対談を行う須﨑彩斗さん(左)と佐藤

個人にも企業にも新しい見方を与える『フェーズフリー』

―― 佐藤
いきなりの質問になってしまいますが、今のコロナ禍の状況において「イノベーション」は実現しにくくなったのでしょうか? それとも進めやすくなったのでしょうか? 須﨑さんはどうお考えですか?

―― 須﨑さん
「イノベーション」のきっかけというのは、僕の感覚では人と人が出会ってたまたま思いつくとか、セレンディピティ(偶然の発見)だとかそういった要素がかなりあると思うんです。むしろセレンディピティをどうつくれるかみたいなことが真面目に言われるほど大事だったのですが、オンラインベースの人間関係がメインになってしまうとそこは厳しくなりますね。

―― 佐藤
やはり厳しくなるのですか。

―― 須﨑さん
「イノベーション」の最初のところ、つまり発明というところが結構厳しくなるのかなと思います。もちろん地理的な制約を超えて世界中で多様なことに取り組んでいくことやコラボレーションできるという意味では、「イノベーション」の後半のフェーズである「出てきたものをどう生かすか」や「どう社会に実装していくか」という点はチャンスなのかもしれないです。
でもやはり、すごく大きなブレイクスルーをするような「イノベーション」になると、人と人とのつながりみたいなところが重要かなと思いますね。

―― 佐藤
コロナの時期が「イノベーション」にとってどのような時期だったのか。空間的には今まで特定の場所で起こってきたけれど、現在は仮の空間で人々が集まれるようになった。でもその代わり、密度は薄くなってしまったという感じがある気がしています。

―― 須﨑さん
我々の言い方をすると、社会課題の捉え方ということになりますが、世の中の見方や価値観が変わりましたよね。現象は同じでも、それを問題とするかどうかという社会側の問題とか、人間側の問題がかなり変化した。
遠隔医療などは、これまで何十年も試みがありましたがなかなか実用化されず、しかし今はそんなこと言っていられない、やるしかない。…といったように、そこが変わって「イノベーション」が起こってくるということにつながっているので、そういう意味ではきっかけとしてコロナが「イノベーション」に与える影響というのは大きいのかもしれません。

―― 佐藤
リモートワークというのも、新しい働き方として以前から存在はありましたがなかなか定着してきませんでした。でも今、コロナの状況においてせざるを得なくなった。このリモートワークというのも、コロナというハザードによって今後も仕方なくやっていくものなのか、それともこれからのニューノーマルになっていくのか。
遠隔医療やリモートワークを支えるテクノロジーがすごく重要になりますが、それが非常時のものとしてだけのソリューションだと、やはり日常時に戻るとまた使えなくなってしまう。非常時にも日常時にも使われていくテクノロジーというものをどんどん推進していく必要があると感じるのですが?

―― 須﨑さん
私は『フェーズフリー』というものの根幹を、非常時の困りごとというか非常時に足りないものを補うという視点で捉えていますが、もう一つの捉え方として、非常時と日常時の両方で使えることを考える、そのことが日常を見直すきっかけになるというか、個人にも企業にも新しい見方を与えるという点も大事なところだと思っています。
考え方のクセというか行動のパターンとして「非常時と日常時の両方を考えてみる」という意識が、ものづくりをする人にも個人にも入ってくると、行動パターンが変わってくるのではないか、そのポテンシャルが『フェーズフリー』にあるような気がします。それが非常時にも日常時にも役立つテクノロジーの推進につながると。

『フェーズフリー』の根底にあるのは、日常と非日常である

須﨑さんとの対談-2

須﨑さんは三菱総合研究所主席研究員・未来共創本部長として、防災の分野でも活躍しています

―― 佐藤
須﨑さん自身が初めて『フェーズフリー』という言葉を知ったとき、どのような感想や印象を持たれましたか?

―― 須﨑さん
佐藤さんにも参加いただいている、三菱総研のICF(未来共創イノベーションネットワーク)という事業を推進する中で耳にしました。当社の中でも私がいた部署の近くが安全管理や危機管理を手がけており、災害時と平時で両方使える製品が必要だという考え方でつくられた製品の存在は以前から知っていたこともあり、『フェーズフリー』という言葉を聞いてすぐに「そうだよね」と納得感がありました。

―― 佐藤
三菱総研さんのICFというプラットフォームのもと、さまざまな企業が参加してイノベーションを起こしていこうという取り組みですね。6つのカテゴリーがあって、社会課題をビジネスで解決していこうという。
ビジネスとして取り組むべきいくつかの社会課題を三菱総研さんが挙げられていて、その中に「防災」というエリアがあったんですね。最初にご相談いただいたときは、この防災の領域のビジネスはなかなか育ちにくいというお話でした。

―― 須﨑さん
国や自治体という枠だけでなく、民間企業のビジネスのコンサルテーションへの活用もずっと試みていたのですが、非常に壁が厚いんですね。企業の経営者に聞いても防災が大事だということは分かるけれど、そこにいくらコストを費やすのかということになると、1000年に1回の津波に対して何かするかといったら少なくとも数年で社長が変わってしまう経営陣に対してなかなか伝わりにくい。そういった内容も含めて、防災そのものがビジネスというのはなかなか難しいよね、っていうのが実感でしたね。

―― 佐藤
なぜ多くの人たちが参加できないか、須﨑さんがおっしゃるその壁、防災をビジネスにするときに広がらない理由とは、何だと思いますか?

―― 須﨑さん
私が言った「防災をビジネスとしてやっています」というのは、その売り先は主に行政や国です。社会課題を解決しようとしたときに、国とか行政の役割は絶対に不可欠です。彼らがやるべきことに集中してもらうために民間のビジネスの力を活用できるならば、国は本来すべきことに特化できるしリソースも集中できる。私自身そういった考え方を持っていて、それがまさに防災そのものなんですよね。
防災は今、行政が税金の中で予算を割いてやっているコストの話で、それを国が新たな成長を描いていく中でプラスの価値としてなかなか考えられない。民間企業からすると、さらに取り組みにくいことになってしまっているのが現状です。

―― 佐藤
要は防災というものをコストからバリューに変えない限り、ビジネスにはならないんですね。私も以前からコストからバリューにチェンジするきっかけとして新しい概念が必要だとずっと考えていて、そこでたどり着いたのが『フェーズフリー』なんです。

―― 須﨑さん
『フェーズフリー』という、分かりやすい言葉を与えたというのがすごく大事なことですね。日常にも使えて非常時も何とかかんとか…って言っている時点で、もうまわりくどくて分かりにくくなってしまう。でも『フェーズフリー』という言葉にすると残る。聞いた人は一瞬何のことだろうと思っても、説明を聞くとなるほどと分かる。定着するんですよね、概念が。言語化したというのが大事なことですね。
防災とか災害の被害を減らすというだけでなく、『フェーズフリー』の根底にあるのは日常と非日常なんです。

―― 佐藤
平常時・災害時、日常時・非常時というのは、専門的な人からするとほぼ同義なんです。でも社会からすると、災害時というと想像するのがものすごく難しい。
辞書を引くと、災害とは「被害の総称」になっているんです。つまずいて転んだ、連絡がつかない、そういう被害が寄り集まると「災害」って言っているだけなんです。
でも皆さんの感覚からすると、つまずいて転んだというのは災害だとは捉えにくい。平常時・災害時という言葉を用いて伝わらないのであれば、日常時と非常時という風に世の中に伝えたほうが分かりやすいだろう、皆さんの発想が広がるだろうと思って言葉を変えたんですよね。

―― 須﨑さん
もちろん誰もが想像するような甚大な災害というのも対象にするけれど、そうではないところも対象にするという概念の広がりが伝わってきます。
災害というのが特別なことで何かから切り離されるのではなくて、たまに起きるけれどそれってあるよね、それは日常なのか非日常なのか、その先に我々一般人が想像するような激甚の被害も含めた災害につなげて考えることができるという、ここがすごく『フェーズフリー』というコンセプトや言葉が持っている力だと思うんですよね。

『フェーズフリーアワード』に期待する、「深さ」と「広がり」という2軸

須﨑さんとの対談-3

『フェーズフリーアワード』はイノベーションを起こす契機になると話してくださいました

―― 佐藤
須﨑さんが言ってくださったように、日常時と非常時は連続的な話で、日常があってその先にいつもと違う出来事があって、インシデント、エマージェンシー、クライシス、ディザスター、最後はカタストロフィーつまり大惨事みたいなところにつながっている。ちょっとしたところから大きなところまで、それぞれのときに役立つ、また課題を解決していくものを生みだす。その取り組みの「総体」が、結果として安心・安全な社会を叶えることになると思っているのです。

―― 須﨑さん
今おっしゃった「総体」というのがすごく私に響いていて。ICFは、今年の4月に既存の組織を統合して新たにスタートしたのですが、そのコンセプトを見直す中で出てきたのが“コレクティブインパクト”という言葉でした。
課題の認識にしても世の中今ここが問題だよねとか、こういう世の中にしたいよねという共通認識が大事なのであり、みんなで同じことをしなくてもいいんだと。ある課題解決のために紙コップをつくる人もいれば、植物で何かできると考える人もいればいい。やることはバラバラでも、みんなが「世の中ここが問題だからこうしたいよね」という点を解決するためのサービスや製品や行政サービスを提供すれば、結果としてみれば最初のみんなの課題解決につながっていくのではないか。それが“コレクティブインパクト”です。まさにその「総体」なんです。

―― 佐藤
今まで防災には参加できなかったけれど、『フェーズフリー』には参加できると感じてくれる人が少しでも増えてほしいんです。「イノベーション」を起こすには、とにかく社会全体が参加することが大切だと思うんですよね。

―― 須﨑さん
防災分野で「イノベーション」を起こそうと思ったら、住民だったり小学生だったりいろいろなステークホルダーがいると思いますが、そういった人たちに「問題は常に起きていて、それらの問題がたまたま災害のときに見えるだけなんだ」ということを分かってもらうことが必要なのかなと思います。

―― 佐藤
そうなんです。でも、それをサービスなどの需要者側に求めると僕は限界があると思っているんです。なぜなら、一般の生活者が普段から災害時に必要なものを考え続けるのは難しいから。日常の生活で手一杯ですからね。だとすると一般市民・生活者に求めるのではなくて、メーカーやクリエイターなどの価値を提供する側に、自分たちの商品にどういう工夫をしたら売れるようになるんだろうと考えてもらう。そのときに『フェーズフリー』という新しい価値を付加したら普通の商品を売りやすくなっていく、現世利益的ですが『フェーズフリー』の方が選ばれやすくなるということになり、より広がっていくのではないかと。

―― 須﨑さん
そうですね。その意味では成功例や分かりやすい事例があるというのはすごく大事ですね。

―― 佐藤
そうなんです。「ああこういうのが『フェーズフリー』なんだ」という気づきをもたらすためのアクションとして、審査委員を務めていただく『フェーズフリーアワード』が始まります。須﨑さんの視点から見て、この『フェーズフリーアワード』の意義はどのようなところにあると思いますか?

―― 須﨑さん
大きく二つあると思います。一つは今おっしゃった「これがフェーズフリーなんだね」ということを分かりやすく説明する製品・サービス、または既存のものでも、よく考えたらこれは『フェーズフリー』だと、コンセプトを理解するのに役立つということ。
もう一つは『フェーズフリー』を狙って、日常時と非常時の両方で使えるからこうしようという発想でつくられたものが新しく出てくるということですね。コンセプトは分かったけれど、どういうものをつくったら良いか分からないという人に対して「こういうものも『フェーズフリー』で発想すれば生み出せるんだ」という、実証というか実作というかそういうものが出てくるといいなと。その二つですかね。

―― 佐藤
それはつまり、「イノベーション」という視点から見ても、具体例だとか事例みたいなものがすごく重要ということですね。

―― 須﨑さん
基本を理解させるにふさわしいものと、広がりを見せてくれるようなものと。そういった「深さ」と「広がり」という2軸がすごく面白いと思います。
誰も気づいてないけれどこれってすごく『フェーズフリー』だね、というのをどうやって発掘していくかというのは結構チャレンジだなと、賞を運営される側からすると難しいところだと思いますが。

―― 佐藤
なるほど! 基軸をつくるということは僕も思っていましたが、基軸の中に「深さ」と「広さ」という2軸がある。1軸というよりも「深さ」と「広さ」みたいな少し面的な軸というものを示していく。そんな視点で審査に臨んでいただけるのは、とてもありがたいことです。

―― 須﨑さん
『フェーズフリー』というのがそもそも、日常と非日常を境にする「フェーズ」というものを前提に考えているんですが、『フェーズフリー』の役割というのは、どちらかというとこちらばかり見ていないでそちらも見ましょうという話で。それは世の中をすごく広く捉えましょうということに他ならないのかなと思ったんですよね。

―― 佐藤
そうです。僕の思っていることというか、真実です。だからフリーな訳です。境界をなくしちゃおうという話です。

―― 須﨑さん
何か境界線を設けてここから外は違います、ここから中は『フェーズフリー』ですということではなく、あえて境界をしっかり引きません、だけど「これがフェーズフリー』です」ということを積み重ねることで、人々に何となくどういったものが『フェーズフリー』なのかを分かってもらうことが必要かと思いました。
それが『フェーズフリーアワード』の意義であり、今後の「イノベーション」へのきっかけになるのでしょう。

―― 佐藤
そう! 僕たちが気づかない何かが境界の外にあるかもしれない。境界をつくらずに共通の価値観をきちんと持つために、この『フェーズフリーアワード』を通じて「『フェーズフリー』とは何か」というものを世の中に示して還元していくことがとても重要だと思っています。

―― 須﨑さん
その通りだと思います。『フェーズフリーアワード』を楽しみにしています。

―― 佐藤
宜しくお願いします!

須﨑さんとの対談-4

対談を終え笑顔でエアハイタッチを交わす須﨑さんと佐藤

この記事をシェア