佐藤と玉井さん

株式会社FEEL GOOD CREATION 代表取締役

玉井 美由紀さん

フェーズフリーアワードの審査委員を務める玉井美由紀さん(以下:玉井さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談が行われました。日本におけるCMFデザインの第一人者として、プロダクトや施設などジャンルを超えて幅広いデザインに携わってきた玉井さんが抱く想いとは?

※対談はマスクを装着し行っておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。

写真・文:西原 真志

玉井さんとの対談-1

株式会社FEEL GOOD CREATION代表でCMFデザイナーの玉井美由紀さん

あらゆる分野に必要とされるCMFデザイン

―― 佐藤
玉井さんはこれまで、CMFデザインというものを手がけるだけでなく、日本での認知拡大に努めてこられました。私自身も玉井さんの活動に共感するところは非常に多いのですが、CMFデザインや『フェーズフリー』について伺う前に、まずは玉井さんのこれまでの歩みを簡単に教えていただけますか?

―― 玉井さん
そうですね、いろいろ話すと長くなりますので、学生時代からお話ししますね。高校時代の親友が美術系の大学を目指していて、その子の話を聞いているうちに自分もだんだんと興味を持つようになり美術系を志すようになりました。そうして武蔵野美術大学に入り、工芸工業デザインを専攻しました。大学入学前からバブルが始まっていて、世の中がとにかくイケイケな雰囲気で、ちょっとおかしな時代でした(笑)。

―― 佐藤
どのような学生生活を過ごしたのですか?

―― 玉井さん
アカデミックなことを学ぶというよりも、作品づくりとか、いろいろと遊んだりそのためにアルバイトをしたりと、自由な学生生活を送っていました。

―― 佐藤
卒業した後は本田技研工業(以下:ホンダ)に入社するのですね。ホンダを選ばれた理由は何ですか?

―― 玉井さん
運転することも好きだったし、クルマ自体にも興味があったことが大きな理由です。ファッションやアパレル業界も考えましたが、自分が好きだと思えるもの以外はつくりたくないと思ったんですね。自分のブランドを持つなら良いのですが、こういうものをつくりなさいと言われ続けるのは避けたいと思ったんです。自分の趣味・嗜好の域が強かったので、アパレルの方は無理かなと考えてしまったんです。しかしクルマであればもうちょっとフラットに、好き嫌い抜きでお客さんのために考えられるかなと思いました。

―― 佐藤
クルマ業界の中でも、特にホンダを選んだのはどうして?

―― 玉井さん
F1に挑んでいたり、本田宗一郎イズムやホンダのスピリッツみたいなものを読んだり聞いたりして、自分も結構暑苦しいタイプなもので(笑)、共感というか共鳴するところがとても多かったんです。

―― 佐藤
端から見る玉井さんのイメージとしては、技術屋魂みたいなところとはまったく逆の、むしろクールな印象を抱いていました。でも、スピリッツのような所にグッと来るタイプなんですか。

―― 玉井さん
クールは私の憧れで、なりたいなぁとは思うのですけれども、全然クールじゃなくって、むしろ無茶苦茶暑苦しくて、とりあえず汗かいとけみたいな(笑)。

―― 佐藤
今の言葉で玉井さんを少し理解できた気がする(笑)。

―― 玉井さん
現在のすべてというか、基礎といいますか、今の自分があるのはホンダのおかげだと言っても過言ではありません。仕事の仕方とか、向き合い方とか、ものづくりに対する姿勢とか、さらには優秀な仲間たちとか、あらゆることを教えてもらったと思っています。

―― 佐藤
ホンダではどんな仕事を担当していたのですか?

―― 玉井さん
当時はカラーグループと呼ばれていましたが、インテリアのシートファブリック、加飾パネル、カーペットや天井材、エクステリアの色などを手掛けていました。デザインにとどまらず、エンジン開発や内装開発といったいろんな部署の人たちとタッグを組んでプロジェクトを推進しました。

―― 佐藤
カラーやマテリアルの領域に進んだのは、玉井さんの意志で? それとも偶然に?

―― 玉井さん
私の意志です。大学でテキスタイルを学んでいたこともあって、色とか素材のデザインの役割を担う仕事がしたかったんですね。とてもやりがいがありましたが、あるとき、イタリアに行ったことがきっかけで次なる歩みへと進むことになりました。

―― 佐藤
イタリアで、どんなことがあったのですか?

―― 玉井さん
いろんなものの機能がコモディティ化していく潮流の中で、自分の中では色や素材がそのモノの価値を決めるすごく重要なポイントであると思っているのに、なかなかその重要さを伝えることができずにモヤモヤしていた時期がありました。ちょうどその頃に、イタリアへさまざまなデザインに触れに行き、そこでCMF専門のデザイナーがいることを知りました。
Color(カラー:色)、Material(マテリアル:素材)、Finish(フィニッシュ:仕上げ)という、今私がやっている仕事なのですが、専門としてそこに特化したデザインを独立して行なっているデザイン事務所があることを知って、とにかく衝撃を受けたんですね。

―― 佐藤
CMFという言葉こそ使っていなかったけれども、玉井さんはすでにホンダの中でカラー、マテリアル、あとフィニッシュ、つまりCMFをやっていたとも解釈できます。しかしイタリアに行ってみると、企業内でそれをやっているのではなくて、CMFデザインとして、さらにはそれを独立した形で専門的に手がけている会社があることを知った。

―― 玉井さん
そうなんです。やっていることは一緒であっても、例えばクルマ以外の家具や電化製品、介護用具など、あらゆる世界や業界でたくさんできることがあるなと思ったんですね。イタリアに行った後2年ぐらい考え、今までやってきたことをより広く、もっと価値づけをして提供していきたいと思って、株式会社FEEL GOOD CREATIONを立ち上げ、CMFデザインを日本においてより本格的に追究し提供していくことになりました。

世の中にもっとたくさんの“FEEL GOOD”を提供したい

玉井さんとの対談-2

フェーズフリー協会の会議室で対談する玉井さん(右)と佐藤

―― 佐藤
CMFデザインというものが、そのときに玉井さんが身を置いていたクルマの世界だけでなく、もっともっと広い分野で必要とされるところがあると気づいた訳ですね。

―― 玉井さん
そうですね。でも、スタートから数年は本当に大変でした。「カラーコーディネーターですか?」みたいに言われて、なかなかCMFデザインというものが理解されませんでした。

―― 佐藤
例えばこの椅子一つとっても、カラーが決められ、素材であるマテリアルが考えられ、さらに仕上げとなるフィニッシュにもさまざまな工夫が凝らされている。この3つの要素はあらゆるものに入っていますよね。

―― 玉井さん
色は、その印象や世界観を伝える手段として最も有効で、素材は性能だったり耐久性だったり、あとどんな形をつくれるかなど、カラーとマテリアルにはそのように異なる役割があるんです。仕上げの質感というのは、例えば滑りにくいとか汚れがつきにくいとかそういった機能的な面もあるのですが、私としてはもっと感覚的なもので、優しい雰囲気になるとかクールな印象になるとか、イメージの違いを出していくものなんです。このフィニッシュが特に一番馴染みがなくって、「フィニッシュって何?」というのはすごく聞かれましたね。
CMFそれぞれを複合的にデザインしようと思うと、広くて豊富な知識が必要だし、さらに色はこの会社、素材はこの会社、仕上げはこの会社といった調整力も必要になったりして、いろいろ複雑で難しいことが多いんですね。

―― 佐藤
なるほど。玉井さんが日本でCMFデザインを言い出す前は、色や、機能としての素材のあり方、あとどういう仕上げがいいかといったものが、それぞれ別々に考えられていた。けれども玉井さんはそうではなくて、CMFデザインというのは一体で考えていく必要があると言っている。

―― 玉井さん
はい。現在は手法も技術も多様に進化していて、より複雑化しています。そのためさらに、CMFデザインの専門性が必要になってきていると感じますね。

―― 佐藤
CMFデザインを手がける玉井さんが、社名を「フィール・グッド・クリエイション」としたのは、どんな意味が込められているのですか?

―― 玉井さん
実は元々は、自分が乗っていたスノーボードの板に「FEEL GOOD」という言葉とサーフボードを持って歩いている女性のイラストが描かれていたことがきっかけで。スノーボードやサーフィンをしているその瞬間の“FEEL GOOD”な感覚って、とっても幸せなものだってすごくピンときた瞬間があったんですね。この“FEEL GOOD”をもっともっと増やしていきたいと、その言葉が頭の中にずっとあって、それならと社名にしました。CMFデザインで実現していることの共通点の一つが「いいね!」という“FEEL GOOD”を提供していることですので、今でも度々そこに立ち返る、私の原点のような言葉です。

―― 佐藤
15年以上にわたってCMFデザインを手がけ広げてこられた訳ですが、仕事や領域が拡大したり軌道に乗ったきっかけはあったのですか?

―― 玉井さん
もう、ずっとずっと大変で、それは今もまだ続いていますよ(笑)。くじけそうになりながらも、ちょっとずつ、本当にちょっとずつ切り拓いてきました。2011年から日本全国の企業やメーカーと協働して独自の展示会「青フェス」をスタートさせました。2019年からまた新たな価値観を入れて「SENSE」と名称を変え、社会課題に対する解決にもっとつなげたいと模索していたときに、佐藤さんと『フェーズフリー』と出逢うこととなりました。

―― 佐藤
『フェーズフリー』の第一印象はどのようなものでしたか?

―― 玉井さん
日常時と非常時のフェーズをなくす、という新しい考え方を聞いた瞬間に、なんで思いつかなかったんだろう!やられた!って感じました。当たり前なのに、それまでなかったということに驚いたりとか、当たり前なのに自分もそのような発想ができなかったっていう悔しさとか、いろんなものが入り混じって、もう絶対そうだよね、って思いました。

―― 佐藤
玉井さんがそう思ってくれたということは、玉井さんも何となくずっとそういう感覚があったのでしょうね。ホンダでCMFを実は手がけていたように、意識や言語化がされていなかったというだけで。

―― 玉井さん
認識は全然してなかったですね。ただ『フェーズフリー』と言われた瞬間に、特に説明がなくても確かに! と直感的に納得できたというか、今までなかったのが逆に不思議でならないくらいに感じられたんです。

『フェーズフリー』には多様な価値軸や評価軸が必要

玉井さんとの対談-3

玉井さんは「いいね」という“FEEL GOOD”な感覚を大切にしていると話して下さいました

―― 佐藤
『フェーズフリー』は今、すごく広がってきているのですが、限界に来ているとも感じているんです。それは何かというと、現在の『フェーズフリー』は、玉井さんの言葉で言う“FEEL GOOD(感じて良いと思う)”になっていないんですね。どちらかと言うと“THINK GOOD(考えて良いと思う)”なんですよ。要は、考えた上でいいよねというデザインになっていて、直感的にいいよねというものにまだまだ行き着けていないというような。

―― 玉井さん
今までの『フェーズフリー』の活動や情報などを拝見していて、きっちりと“THINK”の方は構築されていると感じています。そのなかで私ができることは、“FEEL GOOD”的な感覚を取り込むことだと思っています。非常時にも便利に使えるとか、お腹を満たすとか、ちゃんと睡眠がとれるとか、そういったことはとても大事なことです。でもそれだけでは足りなくって、生き残るうえでほっと一息ついたりとか、あったかい気持ちになったりとか、そういうのって食料を与えられて寝床が確保されるだけじゃ得られないもの。だから、その“FELL GOOD”的なところが必要とされるのだろうな、というのは感じています。

―― 佐藤
その“FEEL GOOD”な視点で『フェーズフリー』を考えると、日常の“FEEL GOOD”を生み出すものが非常時の“FEEL GOOD”も生み出していくといったような、デザイン自体が変わっていくのかなという気がします。でもそれも、実は“THINK”になってしまっているのかな…。日常時・非常時なんて、わざわざ考えないものね。『フェーズフリー』と“FEEL GOOD”が組み合わさって、直感的に「これがいい」って言えるようなものに『フェーズフリー』がなっていかなければいけないのでしょうね。

―― 玉井さん
すごくそう思いますね。今すぐに解決できる手段がある訳ではありませんが、確実に“FEEL GOOD”の部分は必要ですし、非常時に何をもってしてそういう気持ちになるかというのは、自分自身も体験したことがないので未知数の部分もあるんですよね。日常時と非常時に機能を果たすというのは今の『フェーズフリー』の“THINK”のところでロジックとして確立されていますが、感覚の部分ってなかなか把握できないんです。そこのシミュレーションや解析をもっとしたいなと思っていますし、話を聞いたりとか、もう少し勉強したりとかしないといけないと考えています。

―― 佐藤
今の『フェーズフリー』のデザインのほとんどは“THINK GOOD”なので、このままだといつか限界がきてしまうのではないかと不安を感じていますが玉井さんはどう感じますか?

―― 玉井さん
私が聞いて印象に残っている、ある避難所での出来事があります。食べ物やお布団などはきちんと支給されていたのですが、ある時誰かが差し入れで甘いものを持ってきてくれたんですよね。そうしたら、一口食べた瞬間から涙が止まらなくなった。多分その方は、その甘いものを食べたときにホッとしたんでしょうね。それで緊張の糸が切れて、涙が出たっていうことだと思うんですけど、私自身はそういった経験をしていないから、想像がつかないんです。何が必要なのかとか、何が緊張をほぐしてあげられるのかって、想像を越えた部分がかなりあるので。その不確定な見えないところを少しずつ紐解いていくことが『フェーズフリー』にも必要になるのかも知れません。

―― 佐藤
そこへのアプローチは、本当に難しいですね。私個人としては、非常時にはある意味、機能があることだけでも良いと思っているんです。ただ日常の方には必ず“FEEL GOOD”がなくてはならない。カワイイとかカッコいいという理由で持っていた何かが、非常時に何らかの支えになったら、それはそれで良いと思うんですよね。日常の“FEEL GOOD”をつくらない限り、非常時に誰かを助けることには繋がらないのではないかと思っているんです。

―― 玉井さん
日常時と非常時の境をなくすというのは、まだまだ私自身も理解し切れていません。ただ、『フェーズフリー』が何か特別なものという存在にはならない方がいいとは思っています。当たり前のものになってほしいし、それには嗜好性などといった、別の価値軸や評価軸も必要になってくるのではないかと感じています。

玉井さんとの対談-4

約2時間におよぶ対談を終え非接触の握手を交わす佐藤と玉井さん

フェーズフリーアワードから生まれる多様な軸が、『フェーズフリー』を当たり前のものにする

―― 佐藤
なるほど、嗜好性などの別の価値軸・評価軸というのは面白いし、必要になってくるでしょうね。玉井さんに審査委員を務めていただくフェーズフリーアワードでも、新しい何かが出てくるかも知れませんね。玉井さんはグッドデザイン賞の審査委員などの経験もお持ちですが、このフェーズフリーアワードに期待することはありますか?

―― 玉井さん
フェーズフリーアワードは今回2回目で、まだ始まったばかりですよね。まずは知ってもらうことに注力していると思うのですが、“THINK”以外の別軸もこれからどんどん必要になってくると思います。そのなかで、多様な別軸をきっちりとつくって伝えていくというのはすごく大事な役割と思いますし、そこで少しでも何か役に立てればいいなと思っています。

―― 佐藤
フェーズフリーアワードは、『フェーズフリー』とはこういうことですと示していくためにスタートしました。当然“THINK GOOD”、つまり日常時と非常時の機能を持っていることは前提として、『フェーズフリー』なんだけれど“FEEL GOOD”が実現できている、あるいは“FEEL GOOD”の可能性を感じられるようなものを見つけてもらうことによって、さらにこのフェーズフリーアワードが広がっていくんじゃないかという気がしています。

―― 玉井さん
おっしゃる通りです。本当にそうだと思います。“THINK GOOD”や“FEEL GOOD”以外にもいっぱいあると思うんですよね。それがどんどん増えていって、増えていくことによって私たちにとってユーザーにとって『フェーズフリー』が当たり前のものになっていくのが理想の姿ですよね。先は長いかもしれないですけど、でもやっぱりこうやって一歩ずつ広がっていくし、良いものがどんどん増えていくと思うので、それを見るのが楽しみだし、今からすごくワクワクしますね。

―― 佐藤
今日は玉井さんのヒストリーからいろいろ伺うことができましたが、バブル期の美大生時代からカーメーカーでカラーとマテリアルを手がけ、やがてCMFデザインの専門家として好奇心と直感性と粘り強さみたいなもので広げてきた。そのいろんな可能性を持つCMFという観点を軸にしながら、『フェーズフリー』を見ていっていただけたらなと思います。

―― 玉井さん
無理に格好をつけたり難しく定義づけをしていくのではなく、シンプルに直感的というか、気持ちみたいなところをお伝えしてお役に立てていけたらと思っています。

―― 佐藤
改めて、これからよろしくお願いいたします。

―― 玉井さん
こちらこそ、よろしくお願いいたします。

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