日本から世界に発信する『フェーズフリー』

東京大学教授
大学院情報学環 総合防災情報研究センター長
工学博士

目黒 公郎さん

フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)と、フェーズフリーアワードの審査委員を務める、防災工学の専門家で東京大学教授の目黒公郎さん(以下:目黒さん)による『フェーズフリー』に関する対談が行われました。防災のエキスパートである目黒公郎さんが考える『フェーズフリー』とは?

※対談はマスクを装着し行っておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。

写真・文:西原 真志

目黒さんとの対談-1

防災の専門家として国内外で活躍をつづける目黒公郎さん

災害時に限定するのではなく、平時にフォーカスする大切さ

―― 佐藤
私が学生の頃から、防災の分野における先輩として、また師として目黒さんには沢山のことを教えていただいてきました。特に印象的なのが、ずっと前から防災をビジネスにしていく必要があると目黒さんがおっしゃっていたことです。私自身もどのように防災をビジネス化していくかを考え、そこで行き着いたのが『フェーズフリー』でした。今から6年前の2015年3月にドキドキしながら、目黒さんに『フェーズフリー』のアイデアをお話したことを覚えています。

―― 目黒さん
そうそう、私の予定がずっと詰まっていたので、なかなか会う機会が取れなかった。そこで、2015年3月某日に、講演会のために福島県の郡山市にいるので、その夜であれば会えると伝えると、佐藤君が東京からわざわざ来てくれた。そして、駅近くの居酒屋で会ったわけですが、なんだか神妙な顔で話し出したことを鮮明に覚えてる(笑)。なんかドギマギしていたよね。

―― 佐藤
これまで“防災”というものを第一線で築き上げてきた目黒さんに対して、『フェーズフリー』という別の言葉でアプローチするのはどうなんだろうって、恐れ多い気持ちもあったんです。でもあの時、思いっきり励まして下さいましたよね。

―― 目黒さん
あの時にも話したと思うけれど、『フェーズフリー』という言葉や内容を聞いて、素直に「これはいい」って思った。誤解を恐れずに言うと、“防災”は大きなマイナスを少しでも減らそうということですが、依然としてまだマイナスなわけです。そういう分野に、多くの人々が本当に積極的に参画してくれるだろうかという懸念は消えないわけで…。防災分野には、もっといろんな人材や才能が必要なんですが、キラキラした何かや夢がないと、人材や才能は集まらない。大きなマイナスを小さなマイナスに変えるだけでは、やっぱりキラキラ感が足りない。“防災”の世界には、現状より将来良くなるという、プラス側に針が振れる印象や感性のような活動が少なかったわけです。そういった中での、『フェーズフリー』の話でしたから、私はすごくいい印象を持ちました。

―― 佐藤
嬉しかったです。2015年のあの時、まだ東日本大震災から4年ぐらいしかたっていない状況の中で、目黒さんに福島の郡山という場所で、“非常時に役立つというより、日常から使っているものが非常時に役立つ”という、ともすれば“防災”という価値を貶めてしまうような考えを話すことに不安があったんです。

―― 目黒さん
いや、私は「“防災”という価値を貶める」などとは微塵も感じなかったですね。
20世紀最後の10年を世界が協力して自然災害の軽減に努めようという「国連防災の10年(IDNDR:1991-2000)」の活動をしているとき、いつも感じていたことは、被害を減らそうとしても、その絶対量や規模はハザード次第でまったく変わってしまうこと。実際、様々な努力をしたにもかかわらず、IDNDRの10年間での自然災害による被害は、その前の10年よりも大きくなってしまいました。大きなハザードが何度も起こったからです。これでは努力が報われないので、新しい言葉(用語)をつくったわけです。IDNDRのNDRは『ナチュラル・ディザスター・リダクション』だったわけですが、これをNDRR『ナチュラル・ディザスター・リスク・リダクション』に変えたのです。被害量そのものではなく、リスクをどれだけ減らすことができたかを、活動の指標としたのです。これで、同じ条件のハザードが襲った際の被害をどの程度減らすことに成功したかを議論できるようになりました。これは、物事の評価法を変える、見方を変えるという意味で、非常に重要なことです。そうしないと評価できなかったり、見えなかったりする重要な価値に気づけないからです。
日本は世界を代表する災害大国ですが、それでも災害が起こっている範囲は、時間的にも空間的にも非常に限定的です。時間的には平時の方がはるかに長いし、空間的にも被災していない地域の方がはるかに広い。そんな風に考えると、広い空間と長い時間の中で営まれている皆さんの生活を対象としているのに、その中のほんの小さな時間・空間のみを対象とする対策や研究だけでは、やっぱり説得力が低くなってしまう。だから、平時からの議論をしなきゃいけないし、空間的にも特殊なケースではなく、もっと一般的な広い空間を対象に議論をしていかなくてはならない。
このように考えると、時間的・空間的に狭い範囲の “災害”だけにフォーカスしていたんではサステナブルにならないし、取り組む動機や社会的な賛同の点からも弱いものになってしまう。もっと時間・空間で広い議論をしている中で、仮に災害が起こっても、その対策や研究成果はそのまま利活用できることを目指すべきだということです。この考えに基づき、私が最初に就職した東京大学生産技術研究所の国際災害軽減工学研究センターが設立時限を迎えた際に、これを災害時にも役立つ平時からの対策を考える『都市基盤安全工学国際研究センター(ICUS)』という研究センターに改組したのです。この考え方は、『フェーズフリー』に通じる考えなのです。

“防災”とはイマジネーション。その難しさを払拭するのが『フェーズフリー』

目黒さんとの対談-2

「ソリューションだけではなく、その先のイマジネーションが重要」と語る目黒さん

―― 佐藤
目黒さんからずっと教えられてきたことですが、被害につながる脆弱性というのは災害時に突然表出するのではなくて、そもそも災害前からそこに存在している。なので、平常時の社会の脆弱性をいかに小さくするかがすごく重要なんですね。

―― 目黒さん
その通りですし、『フェーズフリー』はある意味、その重要性を表している。

―― 佐藤
目黒さんはまた、“防災はイマジネーションである”ということも教えて下さいました。僕は『フェーズフリー』を提案するときに、そこに一つの限界を感じたんです。要は、イマジネーションというものは、誰もが同じく持てるものではない。「いつか来る災害をイメージして事前に備えましょう」と言いつづけても、安心で安全な社会はやっぱり実現できなくて。
イメージできないし備えられないということを前提にした、安心・安全な社会のつくり方というものも必要なんじゃないだろうかっていうのが、『フェーズフリー』のもう一つの根底的な思想にあるんですね。

―― 目黒さん
今、佐藤君が言ったことは、同じことを右から見るか、左から見るかみたいな話なんだと思う。例えば「何とかは大切です」となぜいうのか。その理由は、その「何とか」を行うことが「難しい」からでしょう。それが簡単に実施できることであれば、「大切です」と言う必要もない。つまり、その「何とか」は現状では、「大切です」と言い続けなくてはならない状況にあるということ。それを言わなくてもいい状況をつくれるのであれば、それでいいわけです。目的は災害を減らし、より良い復興を実現することであり、その有力な手段の一つとして「災害イマジネーション」の向上がある。しかし、これ自体は目的ではない。なので、防災対策を推進するために、「イマジネーション」が重要だと言わなくても、結果的に適切な防災対策を推進することができるのであればそれでいいのです。イメージできる人にはぜひその能力を高めて欲しいし、それが難しい人には、上位の目的を達成するための他の手段を考えることが大切です。

―― 佐藤
おっしゃる通りです。だからモノだとかサービスを享受する側のイマジネーションを高めるのではなく、提供する側のイマジネーションを高めることが重要なんだって思ったんです。
そういった時に目黒さんが指摘して下さったのが、「何が『フェーズフリー』で、何が『フェーズフリー』ではないのか、しっかり体系立てて説明できる準備をしておく必要がある」ということでした。

―― 目黒さん
そう。「平常時でも災害時でも活用できる」という言葉や概念だけでは、誰もが参加できると言いながらも、実は具体的に何をしていいのかよくわからない。自由度が高い方が、色々な活動ができるという側面はありますが、適切なルールというか指標があった方が、そのルールに従って考えることで、実はより多くの人が参加しやすくなるのです。

―― 佐藤
自由に想像するということには限界があるんですね。だから何かしらのルールや指標があることで、それがイマジネーションを拡げる手助けになる。

―― 目黒さん
それから、社会問題を解決したい場合には、ソリューションを提示するだけでは不十分だということも重要です。 典型的な社会問題である“防災”も同様です。例えば、地震防災で最も重要な対策の1つに既存不適格建物の耐震補強があります。ソリューションとして、弱い建物を補強する技術はたくさんあります。お金があっても補強しない人たちは大勢います。何が耐震補強の推進を阻害しているのか? 現象の表面だけを見ていてもわかりにくい「人々の判断や行動を決めている隠れたメカニズム」を洞察する必要があります。それを見つけることが、まず重要なことです。

―― 佐藤
真に解決策を提供しようと思ったら、ソリューションだけでは意味がないと?

―― 目黒さん
意味がないと言っているのではなく、それだけでは問題が解決できないことが多いということ。工学系の分野で教育を受けると、技術的なアプローチが最も重要であると考えがちです。もちろん、技術的なアプローチは重要ですが、これだけで問題解決できると思ってはいけないということ。理工学などの自然科学に基づいた技術的なアプローチに加え、人間の心理や法制度などの理解に基づく社会科学的なアプローチも合わせて考えていかないと、真の解決策にはつながっていかないのです。

―― 佐藤
「耐震補強を提供しますよ」「非常用持ち出し袋を売りますよ」というのはありますが、もっともっと世の中の人たちが参加できる、トレンドモデルに変えていく必要があるんじゃないだろうかということですね。要は「どうして人々が参加できないんだろう?」ということで、先ほどの話に戻る『イメージができない』という多くの人たち、あるいは備えられないという人たちを、どうやって安心・安全なところに持っていこうかと考えた時に、『フェーズフリー』が存在するんですね。

『フェーズフリーアワード』には、ネットワーキング機能もある

目黒さんとの対談-3

白板に向かい目黒さんならではの考え方を語っていただきました

―― 目黒さん
高い山をつくろうとしたら、広くて安定的な裾野をつくっていくことが重要であるように、『フェーズフリー』の拡大を目指すには、同じく裾野を広く確実なものにしていく必要があります。その環境整備をするために始まったのが『フェーズフリーアワード』だと理解しています。

―― 佐藤
その通りですね。『フェーズフリー』とはオープンなイノベーションを生み出そうと、自由闊達に世の中の人が自由に参加できるものです。「『フェーズフリー』とは何ぞや?」ということを、『フェーズフリーアワード』の表彰を一つの軸にして、世の中に現時点の『フェーズフリー』とはこういうことですよと丁寧に伝えていきたいと思っています。

―― 目黒さん
世の中のプロジェクトを評価する指標の一つに、『B(ベネフィット)/C(コスト)』というものがあります。今までの防災対策では、一つのBをCで割っているだけのものが多かった。しかもそのBは、ごくまれにしか起こらない災害時のBだけ。『フェーズフリー』では、災害時の価値としてのB-1に加え、平時という、より長い時間帯に生活の質を向上させる様々な便益(B-2,B-3,B-4,B-5,B-6…)があるようなサービスやプロダクト、考え方や生き方を探ろうとするものなのです。その意味では、私たちはまだまだBの掘り起こしが足りていないのだと思います。この掘り起しも、『フェーズフリーアワード』に期待するところですね。

―― 佐藤
目黒さんがずっとおっしゃっている、“コスト”と“バリュー”ですね。

―― 目黒さん
そうです。災害対策には「自助、共助、公助」に対応する3つの担い手がいますが、従来の防災では、行政が公金を使って行う「公助」が主流でした。しかし、少子高齢人口減少や財政的制約など、現在の我が国の社会環境を考えると、今後は確実に「公助」の割合が縮小していき、その不足分は「自助と共助」で補足する必要があります。しかし、従来のように、その担い手である個人や法人、NPOやNGO関係者の「良心」に訴えるだけの防災はもはや限界です。活動主体の個人や組織、さらに地域に対して、社会貢献の範囲を超えて、物的・精神的な利益がもたらされる環境の整備が不可欠です。ここでキーになるのが、防災対策に対する意識を「コストからバリュー」へ、さらに「フェーズフリー」なものに変革することです。
これまでは、行政も民間も防災対策を「コスト」とみなしていたので、「一回やれば終わり、継続性がない、効果や価値は災害が起こらないとわからないもの」になっていました。一方、バリュー(価値)型の防災対策は「災害の有無にかかわらず、平時から組織や地域に価値やブランド力をもたらし、これが継続されるもの」になります。
ここでバリューが高いというのは、先ほど説明したベネフィット(B)が多様であることなのです。言い換えると、まずは、災害時以外のフェーズにおける便益や効用によって、「平時のクオリティー・オブ・ライフや幸福度が向上する」ものであること、その上で、「災害時にも役立つ」ことがポイントです。この順番が重要なのは、時間のほとんどは災害時ではないからであり、このような考え方が防災ビジネスをサステナブルなものにするのです。

―― 佐藤
そうですよね。防災をビジネスにすることが悪いと捉えられて、防災とビジネスは馴染まないと思われがちですが、私たちからすると、やっぱり多くの人々に使ってもらい、広く普及することが重要で、それをさらに継続的なものにしていくにはビジネスとしても成立していることが大切なんですね。

―― 目黒さん
『フェーズフリー』のコンセプトは、日本から世界にぜひ発信していくべきものです。防災対策をサステナブルに進めるには、防災が産業化され、防災ビジネスの魅力的な市場が国内外で生まれ、育っていく環境整備が重要です。そうすることで、若い才能がこの分野に参入し、公助が減少する中で、今後の我が国と諸外国の防災対策をサステナブルに推進していくことができるからです。その意味で、私は行政の皆さんに、今後の公助の位置づけに関する意識改革を求めています。すなわち、公金を使って行政が直接対策を進める従来の「公助」から、自助と共助の担い手である個人や法人、NPOやNGOが、自立的に防災対策を進め易くする環境整備としての公助です。概念だけでなく、具体的な中身をつくって情報発信していくことが大切なので、その意味でも『フェーズフリーアワード』はとても重要なイベントだと思います。

―― 佐藤
本当にそうです。

―― 目黒さん
最後にもう一つ、『フェーズフリーアワード』の機能として忘れてはいけないものに、仲間を拡げるネットワーキングの機能があると思います。これを機に、『フェーズフリー』に興味を持つ人々を繋げ、グループとして情報交換したり、連携した活動ができる環境をつくり出す。そしてそのネットワークを活用して、『フェーズフリー』が世代や国境を越えてさらに拡大・浸透して行くことを願っています。

―― 佐藤
ありがとうございます!

目黒さんとの対談-4

2時間以上にわたり熱い対談を繰り広げ笑顔の目黒さんと佐藤

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