『フェーズフリー』の“いつも側”の 視点を大切にしたい

フェーズフリーアワード2023 審査委員
株式会社オレンジページ 常務取締役

姜 明子さん

フェーズフリーアワード2023の審査委員を務める株式会社オレンジページ常務取締役の姜明子さん(以下:姜さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談がおこなわれました。第1回のフェーズフリーアワードから審査委員を務める姜さんが捉える、『フェーズフリー』の現在とこれからとは?
(2023.2 実施)

写真・文:西原 真志

姜明子さんとの対談-1

第1回からフェーズフリーアワードの審査委員を務める姜明子さん

“いつも” と “みんな”、そして“ゆるく楽しく” が私の『フェーズフリー』のテーマ

―― 佐藤
姜さんとの対談も3回目です。昨年のこの対談で僕に何を伝えてくださったか覚えていますか?

―― 姜さん
ごめんなさい、何でしたっけ……(笑)。

―― 佐藤
前回の対談で姜さんが僕に⾔ってくれたのは、『フェーズフリー』ってもっとゆるさとか楽しさが必要よねって。

―― 姜さん
ああ、今もそのとおり変わってないです。

―― 佐藤
姜さんが⽰唆してくれたことを、すごく⼤切にしているんです。

―― 姜さん
ゆるさと楽しさってあらためて⾔ってくださって、やはりそうだなって感じます。この3年間で⾃分の中では黎明期って思っていた『フェーズフリー』が、意外ともうこんなに広がってきていると思ったのですが、それでもまだ、“いつもの側” から⾒たり考えたりする⼈が少ないと感じることも多くあるのです。

―― 佐藤
そうなのですよ。

―― 姜さん
“もしも側”を考える⽅たちがすごく多くて、この2、3年この壁を取り払おうと努⼒をしてきましたが、正直まだ壁を感じます。どうしたら“いつも側”のところにゆるく楽しく落とし込めるのかということに、もっと⾃分の肩の⼒を抜いてやっていこうと決意をしているのが、今の私の『フェーズフリー』なんです。

―― 佐藤
防災の問題点は、⾮常時ばかりに考えが⾏かざるをえないというところ。その点も『フェーズフリー』が解決しようとしているところなのですよね。

―― 姜さん
はい、そうですね。

―― 佐藤
結局私たち⽣活者の⼿が届かない存在になってしまうっていうのがこれまでの防災で、『フェーズフリー』はふだんの⽣活の楽しさや暮らしやすさとか、嬉しさの延⻑線上にあるものにしなくてはならない。
姜さんが、ゆるさと楽しさの中でみんなで良くするって⾔ってくださったのもあって、今回のフェーズフリーアワードのテーマを『いつもを良くする、もしもを良くする、みんなで良くする』としたんです。

―― 姜さん
ありがとうございます。私も今回のテーマを読んで、「あぁ、『みんなで』って⾔ってくださっている!」「まさにそこです!」って拍⼿しました。

姜明子さんとの対談-2

フェーズフリー協会の会議室でおこなわれた対談で、姜さんはさまざまな資料とともにお話を聞かせてくださいました

生活の中にいろんな『フェーズフリー』があるという、気づきの連鎖を生んでいく

―― 佐藤
“ゆるさと楽しさ”に加えて、姜さんが前から言ってくださっている印象深い言葉があります。それは“気づきの連鎖”です。

―― 姜さん
そうですね。今年に入ってから、みんなでできることを考えるワークショップを実施しています。啓蒙ではなく、一緒に体験するという機会をつくっています。

―― 佐藤
何かを教えるというのではなく、既存の何かに対して「これも『フェーズフリー』かも!」とか、そんな気づきの連鎖が出てそれをシェアできればいいですね。

―― 姜さん
おっしゃるとおりです。でもやってみて難しいのは、多くの人が防災的な観点で「あなたは何ができる?」みたいに、すぐに答えを求めがちになってしまうのです。

―― 佐藤
なるほど。

―― 姜さん
超原点の原点に戻る言葉を考えて、ワークショップをつくっていきたいと思っているところです。“健康は防災の一丁目一番地”とよく言われるように、「ふだんからちゃんと食べていくことが実は『フェーズフリー』なのだよ」みたいな。

―― 佐藤
姜さんが本当に率先して暮らしの中で『フェーズフリー』を展開してくださっていますけれども、それが自治体や国のレベルでも日々の暮らしを支える制度、食のあり方についても『フェーズフリー』という具体的なキーワードを使って推進していることが増えています。

―― 姜さん
本当にこれまでは、そこに合致する言葉がなかったのでしょうね。『フェーズフリー』という言葉が生まれて我が意を得たりというか、いろんな側面から『フェーズフリー』という言葉で表せる何かがあるんだって思いました。

―― 佐藤
そうですね、みなさんきっと『フェーズフリー』って言う前から感じていたんですよね。防災って難しいから、私たちの日常の暮らしが非常時に役立てばいいのにって。それが上手く言語化されていなくて、『フェーズフリー』という言葉に出合って、自分が思っていたことはそれだみたいな感じで広がっているのが現状なのかな。

―― 姜さん
イソップ童話『北風と太陽』じゃないですけれど、備えようって北風を吹かすと身構えてしまうけれど、逆にポカポカ温かくしてあげると、自分から率先して上着を脱いでいく。つまり、自発的なアクションにつながる。何度も申し上げますけど、生活の営みの中にいろいろな『フェーズフリー』があると自発的に気づいて、その連鎖を編んでいきたいなって思っています。

姜明子さんとの対談-2

姜さんはこれまでのフェーズフリーアワードを振り返りながら、これからの『フェーズフリー』について語ってくださいました

産業を振興するという側面も持つ『フェーズフリー』

―― 佐藤
今から2年ほど前に姜さんとお会いして『フェーズフリー』の話をしましたが、その頃はまだまだぼんやりしたものでした。世の中にどれくらい浸透しているんだろうっていうのも、分からないくらいの。

―― 姜さん
当初は黎明期と思っていましたが、ここ最近でかなり広がりを見せている印象ですよね。

―― 佐藤
そうですね。でもまだ『フェーズフリー』という価値が世の中に上手く伝わっていないという意味では、今も黎明期かと思っています。例えば最近いろんなメディアに『フェーズフリー』を取り上げていただくのですが、それはフェーズフリー品じゃなくって、防災グッズまたは防災アイデアでしょ、というものが多くて……。

―― 姜さん
そこは正していく必要がありますね。けれど、私としてはそれも分かる気がします。私も『フェーズフリー』に関わらせていただいた当初のレベルは、そんな感じだったと思うのです。あるモノが、いざというときにはこうなるよというものが『フェーズフリー』なんだって思ってる人は、きっと今もたくさんいる。

―― 佐藤
そうなんです。それがそのままになってしまうとこれまでの防災と同じで遠い存在になってしまって、備えるという従来の方法と変わらなくなってしまう。そうではなくて、自分の好きな食べ物をストックしておく、そんな感覚が『フェーズフリー』なんですよって、姜さんは以前のシンポジウムで言ってくださった。

―― 姜さん
そうでしたね。例えば同じ袋麺でも、家族それぞれ好みが違い、「あなたは塩ラーメン」「あなたは味噌ラーメンだよね」みたいな。好きなものを貯めていくと日常消費もできるし、いざというときもこれがあれば力になるみたいなことですね。

―― 佐藤
そうですよね。一つの事例なのですが、缶入で5年保存できるスナック菓子があるんです。メーカーさん的にはこれは『フェーズフリー』であると。なぜかっていうとスナック菓子はふだん食べられるし、さらにこれは長期保存もできると。でも考えてほしいのですが、缶に入って長期5年保存するスナック菓子をふだん食べますかって(笑)。普通の袋に入っているスナック菓子を食べるでしょってね。

―― 姜さん
たしかに(笑)。

―― 佐藤
そうなんです、そこがまだ『フェーズフリー』が上手く伝わってない、なんで姜さんがここに参加してくださっているのかって意味が、まだ世の中の人に分かってもらえてないような気がするんです。
『フェーズフリー』は私たちのふだんの暮らしに根差しているものなんです。まずはここに軸足があって、この軸足を大切にしてそれが非常時にも役に立つ。姜さんの言葉を借りると、私たちのふだんの暮らしの延長線上に非常時の私たちの暮らしも描こうっていう活動であって、非常時のものをふだんから使えるねみたいな話ではない。ここがすごく、姜さんがずーっと言ってくださっているメッセージなのかなって気がしています。

―― 姜さん
私としては、“いつも側”のスポークスカンパニーとかスポークスパーソンになりたいと思っていて、気負って気負って、どうにか伝えたいっていうのが1、2年目でした。そこを経て今年はちょっと力を抜いて、ゆるーく楽しく、実験や実体験とともに気づきの連鎖を生みだしていけたらって思うようになりました。

―― 佐藤
ぜひお願いします。最近では、産業の振興にも『フェーズフリー』が活用され始めています。『フェーズフリー開発補助金』とか、『フェーズフリー』の専門家の派遣によって、新しい価値をつくっていくだけでなく、同時に社会の安心・安全にもつながるという。

―― 姜さん
産業を振興するという側面からも考えられる『フェーズフリー』って、やはりすごい言葉というか、すごいコピーだなって感じますね。「産業振興」は社会のあるべき姿です。心の平穏と物資的な豊かさと、人々の暮らしをより良くしていくっていう。防災をやってもお金にならないっていう観点でしかものを考えられなかった方たちも、ある意味何かのひらめきにつながるような、そんないいきっかけになる言葉ですよね。

―― 佐藤
おっしゃるとおりです。政策や産業が参加していくことによって、社会全体が初めて『フェーズフリー』という概念に基づいた、安心・安全な社会が実現できる。社会課題を解決するには、社会全体の参加が必要だということですね。

―― 姜さん
そうですね、社会全体が参画できなくてはいけません。非常時の“もしも側”はもちろんですが、これからも日常時の“いつも側”から『フェーズフリー』を広げていきたいと思っています。

―― 佐藤
ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします!

姜明子さんとの対談-4

約2時間の対談を終えタッチする姜さん(右)と佐藤

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