“災害イマジネーション”を高め連鎖させていきたい

東京大学教授
東京大学大学院情報学環 総合防災情報研究センター長
工学博士

目黒 公郎さん

フェーズフリーアワード審査委員の目黒公郎さん(以下:目黒さん)、そして目黒さんとともに防災をテーマにしたラジオ番組を手がけ、ご自身もパーソナリティとして活躍する株式会社ソフィアプランニング代表取締役の黒瀬智恵さん(以下:黒瀬さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談が行なわれました。目黒さんと黒瀬さんが考える『フェーズフリー』とは?

※対談はマスクを装着し行なっておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。

写真・文:西原 真志

目黒さんとの対談-1

前回に続き第2回フェーズフリーアワードでも審査委員を務める東京大学教授・東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター長の目黒公郎さん

『フェーズフリー』は防災ビジネスの魅力を向上させるきっかけになる

―― 佐藤
昨年に開催された第1回フェーズフリーアワードでは、審査委員としてご参加いただきありがとうございました。目黒さんとの前回の対談(※)で、フェーズフリーアワードには『フェーズフリー』を周知するだけではなく、アワードそのものに人々をネットワーキングする機能を持たせていくことが、『フェーズフリー』の普及につながるというお話がありました。まずは第1回のアワードを終えての感想をお聞かせいただけますか?

―― 目黒さん
あまり詳細は覚えていないんだけれども……池や庭のきれいな場所で開催されたことは記憶している(笑)。

―― 佐藤
そうです、今年開催の第2回は東京スカイツリー内にある「千葉工業大学東京スカイツリータウン®キャンパス」で開催されますが、前回は江東区にある清澄庭園内『大正記念館』で行なわれました。授賞式後のパネルディスカッションにおいて、目黒さんは「日常の生活の質の向上と、無意識のうちに実現する継続的な防災対策が『フェーズフリー』である」といった内容のテーマで『フェーズフリー』を説明してくださいました。

―― 目黒さん
だんだん思い出してきた。自助・共助・公助というキーワードでお話ししましたね。少子高齢人口減少や財政的な制約の中で、今後は公助の割合は確実に減っていきます。公助の減少分は自助と共助で補うしかないわけですが、従来は、自助や共助の担い手である個人や法人の「良心に訴えかける防災」をしてきました。しかしこれはもう限界です。個人や法人にとって、防災活動がもっと自発的に取り組みたい対象として魅力的なものになっていく必要があるし、その仕組みづくりも重要です。これまでもずっと言い続けてきたことですが、 “防災ビジネスの魅力を向上させる必要性”に気づくきっかけの一つとして、この『フェーズフリー』を考えることが重要であると話したことを、今、思い出しました。

―― 佐藤
そうでしたね、ありがとうございます。

―― 目黒さん
そのアワード後のフォローアップは、きちんと行なえているの? 定期的に参加者がコミュニケーションを取ることで、さまざまな要素がその場で融合しあう「るつぼ効果」を狙う取り組みが今できているのかどうか。

―― 佐藤
フォローアップはしていますけれど、しっかりとはまだ実現できていないのが現状です。しかしアワードをきっかけに、個別のプロジェクトやコラボレーションなどは、自発的に起こり始めています。

―― 目黒さん
現時点ではアワードはまだ1回だけだから、その功績を測るのは難しいけれども、そういったネットワークづくりが、もっとスムーズに、より効率的に具現化していく仕組みやサポートが必要だと思っている。

―― 佐藤
そうですね。『フェーズフリー』に興味を持つ人が一度に集まれる場としてのアワードが、よりネットワーキング機能を高めていく必要があることは確かですね。それが、これまで以上に、イノベーションを生み出す場になっていくことにも直結する。

―― 目黒さん
海外展開というのもずっとテーマになっていましたが、現状はどうなっていますか?

―― 佐藤
数年後を目標にして海外展開をしていく事業計画を立てていて、そのための準備を現在進行形で行なっています。コンテンツの英語化や体制の強化、また現在はフェーズフリー協会自体がサステナブルな状態になれていないので、そのあたりをクリアにしていかなくてはと考えているところです。まだ世界に向き合える状態が創出できていないので、まさにそこに向けて準備中です。

※1 前回記事:https://jn.phasefree.net/2021/07/12/interview-aw03/

『フェーズフリー』には、もっと子どもたちの参加も必要である

目黒さんとの対談-2

産学連携の推進や防災ラジオの制作・パーソナリティを務める株式会社ソフィアプランニング代表取締役の黒瀬智恵さん

―― 佐藤
本日は、目黒さんと防災をテーマにしたラジオ番組を発信されている黒瀬智恵さんにもお越しいただきました。よろしくお願いいたします。私が黒瀬さんと初めてお会いしたのは、昨年2021年の3月頃でしたね。

―― 黒瀬さん
よろしくお願いいたします。そうですね。目黒先生とコミュニティFMで『みんなのサンデー防災』という番組を制作し一緒にパーソナリティを務めているのですが、私たちが防災や関連する商品などを紹介していく際に、目黒先生から「最初に『フェーズフリー』を知っておいた方が良い」と佐藤さんと『フェーズフリー』をご紹介いただいたのが最初でした。

―― 佐藤
そうでしたね。『フェーズフリー』に関わっていただいてから1年ほどが経過しましたが、黒瀬さんご自身やまわりの変化というものは何か感じますか?

―― 黒瀬さん
ラジオ番組は2021年4月にスタートしました。コミュニティFMが、もっと災害時に機能すれば助かる命も増えるのではという思いで、高音質衛星デジタル放送『ミュージックバード』から全国111局のコミュニティFMに向けて発信しています。でもこの内容はコミュニティFMだけでなく、全国のリスナーの方にも聞いていただきたいですし、さらに各コミュニティFMの方々から防災情報を集めて共有し、それぞれの地域に合わせてローカライズして被災されていない地域にも有効活用していただきたいという気持ちで番組づくりを行なっています。
その取り組みの中で最近では、『フェーズフリー』に対する共感の広がりや、すでに『フェーズフリー』を知っているという方と出会うことがどんどん増えているように感じます。

―― 目黒さん
そのラジオ番組について少し補足すると、例えば同じような台風や地震であっても、対象地域の特性が異なると、発生する被害や災害の様相は大きく変わります。この関係を災害のメカニズムと言いますが、インプットとしての台風や地震の特性(ハザード)、それが作用するシステムとしての対象地域の自然環境と社会環境から成る地域特性によって、アウトプットとしての災害や被害は大きく変化するということ。また地域特性には、季節や曜日、発災時刻などの時間的な要因も加わります。
適切な防災対策を立案し、対応するには、1)2つの敵を知る。2)3つの己を知る。そして、3)災害イマジネーションが必要です。1)の2つの敵とは、上で説明したインプットとアウトプットです。しかし、アウトプットを正しく知るにはシステムの理解が不可欠なので、2)の3つの己の最初はシステムとしての対象地域の地域特性です。2つ目の己は所属する国、都道府県、市町村などの行政の能力、そして3つ目の己が自分自身です。行政の能力を理解できない人は行政に無理難題を含め何でもお願いしたり、期待したりしますが、これは不可能です。自分の能力を理解しない人は、やれば簡単にできることもしないで被害を拡大させます。3)の災害イマジネーションとは、1)と2)の理解と発災時の条件を踏まえて、発災からの時間経過に伴って、自分の周りで何が起こるのかを正しく想像する力です。人は想像できないことに備えたり、対応したりすることは絶対にできないので、これが不可欠なのです。
1)から3)の条件を理解した上で、防災における報道の課題を考えると、適切な防災報道を実現する上で最も難しいのが地域特性の理解に基づいた災害イマジネーションです。では、メディアの人間で地域特性を最も良く理解している人はだれかというと、これがコミュニティFMの人たちということになります。全国放送の担当者では、各地の地域特性の把握は難しいので、地域ごとのきめ細かな放送はできないのです。私たちは、地域特性を理解しているコミュニティFMの関係者の災害イマジネーションを向上するとともに、彼らをネットワーク化することを目指してこのラジオ番組を行なっているのです。

―― 佐藤
なるほど。本当にそうですね。黒瀬さんは、元々は防災を専門にされているわけではないですよね?

―― 黒瀬さん
はい、中小企業のさまざまな取り組みにおいて、大学の先生方にお手伝いをいただきたい場合に企業と大学をつなぐといった産学連携のお手伝いをする事業を手がけています。その中で、近年は特に大学の研究内容が多岐にわたり各分野の内容の詳細はもちろん、専門用語を理解すること自体が難しいため、一般企業の方々でも分かり易く学術成果が検索できるWEBサイト『アンサーゲート』を立ち上げて運営しています。
そういった活動を通じて“防災”というキーワードに私自身もつながる機会があり、目黒先生と一緒に一般社団法人産学連携推進協会内に防災部門として『日本SDGs防災機構』を立ち上げたり、ラジオの番組を制作・発信したりする活動を行なっています。

―― 佐藤
そのような活動を続けられる中で、黒瀬さんは『フェーズフリー』をどのように感じていますか?

―― 黒瀬さん
私は『フェーズフリー』を専門に追究しているわけではないので、その視点から言えば、ちょっと難しいというのが正直な感想です。内容を聞いて知れば、それはすごく良いことだと分かりますが、でも「じゃあ具体的に何? どれのこと?」と問われると、その明確な答えを提示するのは簡単ではないと感じています。ラジオ番組でも、いろいろな商品を私たちなりに“『フェーズフリー』だったらどうなるのだろう?”と考えたりするのですが、なかなか一般人にはそういう機会もないのではないかと感じます。

―― 佐藤
たしかにそれはあるかもしれませんね。

―― 黒瀬さん
それだったらもう、「買ったものがすべて防災にも役立つ」くらいの方が、分かりやすいしラクだなって消費者的には思ってしまう。

―― 佐藤
黒瀬さん自身はどうですか? 従来の防災の備えるという提案と、日常使っているものが非常時にも使えるっていう『フェーズフリー』という2つの概念があったときに、物を見る視点や感覚は変わりましたか?

―― 黒瀬さん
個人的な身近な話ですと、私は普段コンタクトレンズを使用しているのですが、旅行や出張の際には必ずメガネを持参するようになったとか(笑)。そんなことをいろいろ頭の片隅に置くようになりました。それくらいではあるのですが、『フェーズフリー』については、“2段階目”として考えられる時期が来たと考えているんです。

―― 佐藤
2段階目とは?

―― 黒瀬さん
私は産学連携の仕事をメインで行なっていますけれども、東日本大震災発生後には特に、危機管理産業以外でも多くの企業が「自分たちも防災で何かできるのではないか」といろいろな取り組みを実施したんですね。今はそのフェーズが過ぎ、次に『フェーズフリー』という概念がこうして出てきた。つまり、2段階目としてもう一度あらためて防災に向き合い、『フェーズフリー』として考えないといけない時期が来ていると感じるんです。

―― 佐藤
なるほど。

―― 黒瀬さん
被災直後の第1段階は、新たに何かを開発しようというフェーズだったんです。だけど今『フェーズフリー』となってくると、より幅広い人たち、つまり自分たちに開発能力はないけれど、他のベネフィットが考えられるんじゃない? ということになって、参加の幅も大きく広がっているのではないかと思うんです。

―― 佐藤
たしかにそうですね。それが第2段階目が来たということだと。

―― 黒瀬さん
はい。ですので、『フェーズフリー』というものをみんながどんどん知って、広げていく必要がすごくあるなって思っています。多くの人も企業も、そのような何かきっかけのようなものを待っていると思います。それを知ればまた、新しいアイデアが湧き、そしてまた何かが生み出されていく循環が生まれるという感じがします。

―― 佐藤
そうですね。目黒さんも、黒瀬さんと一緒にラジオ番組を始めて1年が経過し、さらに多方面で『フェーズフリー』についても発信いただいていますが、状況の変化を感じることなどはありますか?

―― 目黒さん
『フェーズフリー』という言葉を目にする機会が増えてきている実感はある。でももっと普及して欲しいね。阪神・淡路大震災の直後に、「防災では『災害イマジネーション』が重要だ」と私が言い始めた時などは、「また目黒が変なこと言い出した」と言われたけれど、現在では“Disaster Imagination(災害イマジネーション)”は、世界中で防災における重要なキーワードになっている。やはり重要だと思ったら、言い続けることが大切なのではないでしょうか。

―― 佐藤
目黒さんは常々、言葉だけではなくてそれを具現化していくことがすごく重要だとおっしゃっている。

―― 目黒さん
新しい概念には、新しい言葉が必要という点も重要なこと。これからさらに言い続けていきながら具現化していくことが大切だと思います。
具体的には、これからは皆さんに気づきを与えるきっかけになるいいサンプルをもっと伝えていくことが大切だと感じます。例えば「フェーズフリー○○コレクション」みたいなWEBサイトとか。それから、これまでも主婦目線でという話は多く出てきていたけど、これからはもっと子ども目線というか、子どもたちに参加してもらう環境づくりも大切だと思います。

―― 佐藤
たしかにそうですね。

―― 目黒さん
小学生や中学生に自分のアイデアを投稿してもらう。そうすれば、それを見た人たちがこれも『フェーズフリー』か、あれも『フェーズフリー』かと連鎖していくことが予想される。その連鎖によって、さらに様々なイマジネーションが高まるし、何よりも『フェーズフリー』そのものが、より暮らしの中で当たり前のものになっていく。子どもたちが参画してくると、当然、両親や祖父母も巻き込まれるから、それは長期的にはすごく大きな影響があると思う。

人々のイマジネーションを励起させていくこと

目黒さんとの対談-3

対談は東京大学生産技術研究所内で行なわれました

―― 佐藤
今日もさまざまなお話をいただきましたが、第2回目となるフェーズフリーアワード2022には、どのようなことを期待しますか?

―― 目黒さん
まあ、なるようになるしかないよ(笑)。

―― 佐藤
そうですね……(笑)。それは常に目黒さんがおっしゃる、別に奇をてらうとか、突拍子もないことをするのではなく、地に足つけてやりなさい、筋トレのようにコツコツ鍛えていくしかない、ということですね。

―― 目黒さん
要は、最大瞬間風速でいいのかということ。継続が大切なのだとすれば、それを実現するための仕組みをつくらなければならない。その意味では先ほど言った子どもの参画もそうだし、誰にも分かりやすい事例集みたいなものをもっと充実し、それを発信していくことが長期的にはすごく重要だと思う。それが人々のイマジネーションを励起させて、これだったら自分もやってみようかということになると思う。

―― 佐藤
ラジオの活動などもそこに関わってきますか?

―― 目黒さん
黒瀬さん、どうです?

―― 黒瀬さん
そうですね、ラジオでは、コミュニティFMの方たちにいっぱい参加していただいて、事前情報や放送した情報の共有ができるような取り組みをしているところなんです。

―― 目黒さん
そこを詳しく話すと、コミュニティFM局は経営的にも楽ではなく、ギリギリの経営で頑張っている会社も少なくない。しかし、彼らの災害時の役割はとても重要なので、何とか安定的な経営にも貢献したいと考えています。具体的には、災害発生時のみならず、平常時から利用可能な防災に関わるコンテンツを充実し、これを共有し自由に使っていただける仕組みの実現です。しかもこのシステムは、地域特性を踏まえて、各地域の実情にそくしたコンテンツづくりが可能になるものです。このような環境を整備できれば、経営的にも彼らのプラスになるし、番組の質も高まるし、さらには全国のコミュニティFMのネットワーク化にもつながる。そういう思いで、番組に取り組んでいます。

―― 黒瀬さん
それから、いろんなコミュニティFMがネットワーク化されて仲良くなれば、有事の際などに、そのネットワークから得られた信頼性の高い情報を発信していくことができる。コミュニティFMは日本全国津々浦々に存在し地域に密着していますので、防災の面から見ても、さまざまな可能性を秘めていると思うんですよね。

―― 目黒さん
コミュニティFM局は、中学生や高校生をはじめ、地域の学校や市民の方々とのつながりも持っているので、私も黒瀬さんも普段の自分たちの仕事や役割に加えて、コミュニティFMの盛り上がりにも寄与していきたいと思っています。『フェーズフリー』との親和性もとても高いので、これから一緒にできることは少なくないと感じています。

―― 佐藤
コミュニティFMは、子どもや地域の方も含め、いろんな意味で重要な媒体になりますね。

―― 目黒さん
繰り返しますが、私はそこに関わっている人たちの災害イマジネーションを高めると同時につなげていきたい、ネットワーク化したいと思っているのです。そうすることで、「いついつの、どこどこでの災害の時にこんなことで困りました。こんなことが有効でした」というような教訓の共有化と、これを自分の地域に置き換えて考えることが可能になると期待されます。私たちは、そのような将来を目指しているのです。

―― 佐藤
本当に重要ですね。ラジオ番組『みんなのサンデー防災』はどこで聴けるのですか?

―― 黒瀬さん
いろいろな手段がありますが、公式サイト(注:記事最後にURL記載しています)をご覧いただくのが最も早いかも知れません。そこで過去の放送もお聴きいただくことができます。

―― 佐藤
ぜひ聴いてみます。『フェーズフリー』をはじめ、これからの多くの人々の命や安全を守っていく取り組みとして、目黒さん、黒瀬さん、今後とも一緒によろしくお願いいたします。

―― 目黒さん・黒瀬さん
よろしくお願いします。

目黒さんとの対談-4

約2時間におよぶ対談を終えた目黒さん(右)黒瀬さん(中)と佐藤

この記事をシェア