『フェーズフリー』を社会に実装していくことが大切

株式会社GKデザイン機構 代表取締役 社長
公益社団法人 日本インダストリアルデザイン協会 特別顧問

田中 一雄さん

フェーズフリーアワード審査委員の田中一雄さん(以下:田中さん)、そして田中さんが代表を務める株式会社GKデザイン機構に所属し防災や減災への取り組みを行なってきたデザイナーの卜部兼慎(うらべ・かずのり)さん(以下:卜部さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談が行なわれました。デザインの分野で幅広く活躍する、2人の専門家が抱く想いとは?

※対談はマスクを装着し行なっておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。

写真・文:西原 真志

田中さんとの対談-1

株式会社GKデザイン機構の代表で第2回フェーズフリーアワードでも審査委員を務める田中一雄さん

『フェーズフリー』の枠組みをもっと広げたい

―― 佐藤
昨年、第1回となるフェーズフリーアワードに、田中さんに審査委員としてご参加いただきました。ありがとうございました。

―― 田中さん
こちらこそありがとうございました。

―― 佐藤
『フェーズフリー』の認知度がまだまだ低い中で、このアワードではまずコンセプトや考え方について知ってもらうこと、そして知ることでまた新しいアイデアを生み出してもらうこと、さらには日常使っているものが非常時に役立ったらいいよねという気づきを連鎖させていくことという、大きく3つの目的がありました。田中さんにはまさに一緒に築き上げていただいたという感じですが、昨年のアワードを振り返っての感想を聞かせてください。

―― 田中さん
自分自身の取り組みとして、元々は前回のアワード実行委員長を務めた下川一哉さんと手がけた「もしもの時のいつもの備え」があり、そこからさらに『フェーズフリー』というきちっとした仕組み・システムとして入ることができました。このコンセプトが生まれたことは、とても素晴らしいことだと思っています。

―― 佐藤
ありがとうございます。

―― 田中さん
社会的にもかなり注目をされてきている感じがします。デザインという観点においても、社会課題に対するソリューションがさらに重要になっていますし、やはり災害は日本から切っても切れないものですから、そういう中で1つの視点としてとても重要なものになっていると思っています。

―― 佐藤
アワードではたくさんのご苦労をおかけしました。

―― 田中さん
審査プロセスで疑問に思ったことは、『フェーズフリー』の評価視点というもの自体が、目的化してしまっているように感じられたことです。応募作品を見ると、「汎用性+有効性」という評価視点に合致させることに無理を感じることがあります。ずっと申し上げていることですが『フェーズフリー』の枠組みをもっと広げても良いのではないかと感じる部分もありました。

―― 佐藤
昨年に行なった田中さんとの対談の中で、「『フェーズフリー』とは“防災の民主化”」とおっしゃってくださいましたね(※)。

―― 田中さん
はい、やはりそこだと思います。佐藤さんがなぜこの活動を始めたのかというと、防災がなかなか広まらない、普段は忘れているという世界があるなかで、それを何とかしようと考えたから。つまり防災という意義・価値を、普及させていくことが大目的であったと思います。その目的の上に、日常時と非常時それぞれの機能を共有・両有していることが『フェーズフリー』ということなのですが、果たしてそれで全てのものごとを切り取れるのだろうかと感じる部分もあります。
つまり、もしもの時のいつもの備えの中には、いつも使っている備えと、いつも使わないけれど「いつもは置いておける」とか、「いつもは意識している」とか、“いつも”の定義をもう一度考える必要があると思います。それによって『フェーズフリー』の価値というものを、より大きなものにしていくことができるのではないか。そんなところを本日ぜひお話したいなと思いました。

―― 佐藤
田中さんに当初から言われている“防災デザイン”と“フェーズフリーデザイン”の違いは何かというテーマや、非常時に役立つけれどそれが日常の邪魔にならないということ、そして、備えとしてデザイン的に素晴らしいというのは一体どのようなことかと、さまざまな意見や議論もありました。しかしまだそこに関して、このアワードのプロセスの中で正確な答えが出ていない気がしています。

―― 田中さん
そうですね。そこがポイントになると思っています。

―― 佐藤
田中さんは前回の対談や著書『デザインの本質』のなかで、20世紀型の造形的なデザイン処理を“スモールd”、一方で昨今の幅広い仕組みや多様なシステム、イノベーションによってつくられるデザインを“ビッグD”というと紹介してくださいました。とても分かりやすかったのですが、防災という視点で考えてみると、先ほどの田中さんの言葉で言えば、防災とはソリューションの提案をしている領域なのでしょうか?

―― 田中さん
基本的にそうですね、“スモールd”は20世紀の造形デザインと捉え、ソリューションを視点にした21世紀型のデザインは“ビッグD”の世界だと思います。そこで重要なのが、生まれたソリューションを、どうやって社会に実装するのかということですね。

―― 佐藤
なるほど、社会実装が重要だと。

―― 田中さん
でも、社会実装できない壁があるわけです。意識の壁であったり、経済的な理由であったり、いろんなことがあると思いますけれど。その社会実装のやり方の一つが共用化だと思うのです。日常時に便利で快適に使えますとか、安価にするとか、そうすることで社会実装の推進はできると考えています。
しかし、共用すること自体が目的化することによって評価視点がそこに向き、結果的にそのポイントだけで選んでしまい、共用ということだけで実質的には機能性が高くなくても採点システムの中で高い得点を得る……。そうしたことが、前回のアワードの審査における不思議さでした。

―― 佐藤
田中さんの視点から言うと、以前にもお話しくださった、いろいろな機能を単に追加していくという“十徳ナイフの世界”のようなイメージでしょうか。

―― 田中さん
そう! やっぱり僕がずっと言っているのは、防災価値を普及させる点であれば、普段でも使えるというメリットは当然大きく意味がありますが、普段でも持っていられること、例えばヘルメットは日本の狭い住環境の中では少々邪魔になってしまうとしても、折りたたんでスリムに収納できると、場所を取らないがゆえに日常空間に実装できる。これもやっぱり、防災価値の普及だと自分は考えるんですよ。

―― 佐藤
もちろんそうかもしれません。『フェーズフリー』と、“備えるデザイン”、そして“備わっているデザイン”というのはお互いを否定するわけではなくて、共存しているんですね。

―― 田中さん
共存しているけれど、その“備えるデザイン”の部分をすくい上げないことが、僕はもったいないと感じてしまうんです。アワードにおいて、“備えるデザイン”は『フェーズフリー』の視点では評価されない。

―― 佐藤
ほとんどの人は、どんなに便利でどんなに美しいデザインにしたところで、災害時にしか役に立たないものに、なかなかお金を払えないですよね。そこがこの繰り返す災害の改善すべき点です。脆弱性の高い人たちを、ちゃんと私たちは見なきゃいけない。

―― 田中さん
そうです、ただ最初に申し上げた通り、『フェーズフリー』の枠組みをもう少し広げられないかなと思うんです……と、すでに本題に入ってきましたので、弊社の卜部にも参加してもらいましょう。
GKデザイン機構はデザイン会社としてさまざまなクリエイティブを手がけてきましたが、そのなかでも卜部は、社会解決に対する一つの大きな取り組みとして防災や減災をテーマに幅広い活動をしてきたデザイナーです。

―― 卜部さん
入る隙がないくらいのスピード感のあるお話で(笑)、よろしくお願いします。

※1 前回記事:https://jn.phasefree.net/2021/05/18/interview-aw01/

普段から使っているものに、非常時にも役立てる視点を加えたデザインが重要

田中さんとの対談-2

京都からリモート参加してくださった、GKデザイン機構で防災や減災など幅広いデザインを手がける卜部兼慎さん

―― 佐藤
卜部さんは、田中さんを通して『フェーズフリー』と出合ったのですか? 第一印象についても教えてください。

―― 卜部さん
そうですね。田中の活動を通して知りましたが、自分がこれまでに行なってきたこととの共通点もたくさん感じました。私はずっと、“日常と非日常の間”と表現していたのですが、それってまさに『フェーズフリー』だよねと。分かりやすい言葉に変えられて、非常に上手だなと思って好感を持っていました。

―― 佐藤
デザイナー視点やクリエーター視点として、『フェーズフリー』とはどのようなものですか?

―― 卜部さん
私たちの実務としての災害対応や減災デザインは、国や地方自治体さん、また実際の市民の方々に実装する仕事が中心です。その点において『フェーズフリー』という分かりやすさが、コンシューマーの皆さんに伝わっていく、広がっていく、という意味で非常に大きな役割を果たしていくのではないかと思っています。

―― 佐藤
なるほど、ありがとうございます。

―― 卜部さん
加えて言いますと、私は『フェーズフリー』というのは、観点あるいは視点だと思っているんです。
先ほどヘルメットの話題が出ましたけれど、自分はバイクに乗るのですが、事故を起こしていないのに普段からヘルメットを被って乗っています。それってなぜかと言えば、転倒した時に大けがにならないように被っているんですね。転倒したときに、急いで被るものではない。工事現場の人も被っていますが、それはやはり、何か起こることを想定して普段から被っているということですよね。
では、その普段から被るヘルメットは、どのように選ぶのでしょうか。機能や性能はもちろんありますが、やっぱり自分のお気に入りのカラーだとかスタイリングみたいなところが大きいですよね。それこそが広がっていく理由であって、『フェーズフリー』というのはそういう観点だなと思うんです。

―― 佐藤
うんうん、同感です。

―― 卜部さん
災害時だけに使う防災グッズは、僕は学生にも周囲にもつくらなくていいって言っています。それは、人間学的な観点からしても、人は普段考えていない・使っていないものは、そもそも急に使えって言われても使えない動物なんですよ。その意味では、何かが起こった時に急にこれやってねと言われてもできない。それであれば、普段から使っているものを工夫してみたり、組み合わせたりして災いを減らす、そういう観点が重要だと思っています。
僕は防災デザイン研究会を運営しているのですが、これは分かりやすいから“防災”という言葉を使っているだけで、実際のコンセプトは“減災”です。災害を防ぐデザインを手がけているのではなく、何か起こったときのダメージを、少しでも減らすためのデザインを行なっているんですね。

―― 佐藤
減災に向けたデザインを手がけている。

―― 卜部さん
そうです。ちょっとこの画像(注:モニター画面に、ハンディータイプのポータブル扇風機を表示)を見てください。

―― 佐藤
最近は電車内や街角でもよく目にする、コンパクトな扇風機ですね。

―― 卜部さん
はい。僕はこれ、減災アイテムだと思っているんです。近ごろの夏はかなりの猛暑ですが、備えましょうって言って買っている人はあまりいないと思うんです。これを持ったら涼しい、オフィスで働く方や学生だったら、これを机の上に置いてパーソナルな冷風機として使う、あるいは首にかけて手ぶらになる。さらには、いざという時にはモバイルバッテリーになるものも存在する。しかもそれらが、自分のお気に入りの形、ファッションに合ったカラーを選ぶことができる。基本的に暑いから持つわけですが、実際に暑いときに使えて、スマートフォンの電源がなくなったときに充電もできるといった機能って、本当に役立つと思うんです。これは防災グッズの位置づけではないけれど、とっても防災グッズでもある。このようなデザインが必要だと感じているんです。

―― 佐藤
その通りですね。日常に役立ちながら非常時にも活用できる、両方のフェーズでちゃんと活躍するものを、我々は『フェーズフリー』と呼んでいるんです。だからすごく今の卜部さんの説明、私としてはすんなり入ってきました。防災グッズではないけれど、日常でも快適に使えて、しかも非常時にも役立っている。

―― 卜部さん
ポイントは、田中が言うように、そういったものをいかに社会に実装していくかということだと思うんですよ。

―― 佐藤
そうですね。

―― 卜部さん
その際にはやはり、デザイン性が大切になります。先ほどのハンディの扇風機で言えば、手ぶらで使えたり机に置けたり首にかけたりというプロダクトデザイン的な発想にプラスして、かわいいカラーとか形といった、そういった部分をしっかりと入れていくことが重要になる。
だから普段から欲しいもの、自分が使っているものが結構大事で、何かあった時もこれ役立つよねという感覚が、フェーズフリーなものをデザインする際の観点として付加されれば良いじゃないかという印象ですね。

―― 佐藤
なるほど。それぞれのプロダクトに、『フェーズフリー』的な視点が入って開発されると、いろんな人が自然と備えられている状況になっていくということですね。

フェーズフリーアワードで、『フェーズフリー』の価値を明確化していく

田中さんとの対談-3

対談はGKデザイン機構の会議室で行なわれました

―― 佐藤
来年2023年は、関東大震災の発生からちょうど100年になります。100年間ずっと備えましょうという提案でやってきてなかなか解決しなかった防災ですが、卜部さんがおっしゃるように日常で使っているものが非常時にも役に立つと、多様な価値観を持つ人々にもっと幅広い形で届けていけるようになる。
また、田中さんの言う“防災の民主化”“防災価値の民主化”によって、いろんな人が参加でき、いろんなものに価値を付加することができ、それによってこの繰り返す災害を解決できるのではないかと思います。

―― 卜部さん
やっぱり誰もが、欲しいものが欲しいですよね。私は、その観点を大切に考えています。

―― 佐藤
私も同感です。日常の質を上げながら、非常時の私たちの生活にも役立つデザインとは一体どういうことなのか。それを今年も追求していきたいです。

―― 田中さん
価値の明確化を、きちんと行なっていくことがさらに重要になりますね。それはつまり、生活を見るかどうかということ。生活機能というのを本来的に知っているかどうかです。会議室で考えたアイデアではなくて、実生活をしっかりと価値評価できるかどうか。デザイナーは生活者の代弁者ですから、その部分を正確に見極めないといけないですね。

―― 佐藤
そういった部分は、フェーズフリーアワードにも関連するかと思います。これからのフェーズフリーアワードに期待するのはどのようなことですか?

―― 田中さん
生活実装の価値を広げたらどうかというお話をしましたが、『フェーズフリー』として日常時と非常時というところを重視するなら、それはそれでいいと思うんです。でも、言葉選びが難しいのですが、『フェーズフリー』というタグを付けると売れるかもしれないという面があるため、新しい商品付加価値のツールとして利用される、あるいは開発者やデザイナーが商品に『フェーズフリー』というタグを付けること自体を目的にしてしまうことへの危惧も抱いていることは事実です。審査委員として、本質的にどうなのかを、個人的には重要視したいと思っています。

―― 卜部さん
正しいことかどうか分からないのですが、民主化というキーワードであったり、多くの人が使うことによるパワーみたいな評価、つまり、メジャー度や広がり具合みたいなものも評価に値すると思うんです。ものすごく良くできていても、2人しか持っていなかったらそんなにパワーはないけれど、ちょっとしたことにしか役立たないけれども、もう何万人が使っているというのでは全く違うと思うんですね。そういったところも大事にして、いろんな効果にアワードがつながったら面白いですよね。

―― 田中さん
それから、『フェーズフリー』の価値評価を明確にして、やはり社会への実装を考慮していくことが不可欠です。現時点でのアワードは、引き続き『フェーズフリー』自体の価値向上を図ることにつなげていく必要が、まだまだあるのではないかと感じますね。

―― 佐藤
価値の明確化が十分ではないために、本当に有効なのか、役に立つのかみたいな作品やアイデアも混在してしまう。だからそこにもう少し踏み込んで行くことが、このアワードの使命でもあるのですね。

―― 卜部さん
『フェーズフリー』って言われたのに使えなかった……というのが最も避けなくてはいけないところですよね。

―― 佐藤
本当にそうです。ありがとうございます。これからもいろいろなご意見をよろしくお願いいたします。

―― 田中さん・卜部さん
ありがとうございました。

田中さんとの対談-4

約2時間におよぶ対談を終えた田中さん、卜部さんと佐藤


■株式会社GKデザイン機構
http://www.gk-design.co.jp/
■公益社団法人 日本インダストリアルデザイン協会
https://www.jida.or.jp/

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