NOSIGNER
代表/デザインストラテジスト
慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 特別招聘准教授
太刀川 英輔さん
※対談はマスクを装着し行っておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。
写真・文:西原 真志
災害とは、“社会課題の集積”である
―― 佐藤
太刀川さんは建築からスタートしつつ、建築やデザインといったある専門のカテゴリーに留まることなく、「デザインそのものを総合的に捉えるべきだ」とデザイン事務所をスタートしましたよね。そこまでは分かるのですが、そこになぜ、震災復興や防災という領域が加わったのですか?
―― 太刀川さん
東日本大震災がやはり大きな契機になりました。震災の数年前から「オープンソースなデザイン」という、版権をフリーにして誰でも使えるようにするデザインを普及させる活動に取り組んでいました。まさにそのときに震災が起こりました。
震災が起こった直後から、あらゆることが変わりましたよね。まずは電気・ガス・水道といったライフラインやインターネットもないし、道路まで壊れているっていう状況。
最初に来たのが無力感でした。被災地のために何かをしたいけれど、何もできない。デザインって時間がかかるんですよね。何かを生みだすのに時間を要していると、とにかく間に合わないんです。いかにノータイムで届けるかという必要が生じたんです。雑でもいいから、とにかくノータイムで届けるっていう状況。これに「オープンソース」がフィットしたんです。
―― 佐藤
それで誕生したのが『OLIVE』ですね。
―― 太刀川さん
そうです。オープンソースなWebのプラットフォームを、東日本大震災のためにつくったらどうなるだろうと、2011年の3月13日未明にオープンしたのが『OLIVE』です。災害が起こった瞬間から、72時間生き残るための情報を共有するWebサイトとして開設しました。これが基になって『東京防災』に発展していくのですが、最初は本当に簡単な情報の集合体でした。「ペットボトルにお湯を入れると、湯たんぽになるよ」とか(笑)。
そのWebサイトで「その場にあるもので72時間生きながらえてもらう」ためのアイデアを募集した際には、200人ぐらいのボランティアが集まって、2~3週の間に閲覧数も100万を超え、新聞とかラジオでも取り上げられ情報が数千万人には届いていく形になりました。
―― 佐藤
なるほど。「デザインのオープンソースが叶えるものって何だろう」という悩みを抱いていたときに巨大な震災が発生した。そこで「何か価値を提供しようとするとデザインが必要だけれども、デザインって時間がかかる。そこにオープンソースの可能性があった」というのが、デザインを突き詰めてきた太刀川さんという人が、災害というカテゴリに足を踏み入れたストーリーだったのですね。
―― 太刀川さん
そうです。災害って突き詰めて考えていくと、社会課題の集積なんですよね。一つの社会課題ではないんですよ。「インフラがなくなる」「仕事がなくなる」「心が病んでしまう」「コミュニティーが分断される」とか、要するに「破壊される」ということは「いろいろな社会課題が噴出する」ことなんですよね。その意味で震災は、コロナと同じく社会課題をものすごく顕在化したし、その解決をドライブ(前に進める)させたんですよね。その前から起こるべき変化があり、それを災害が加速させたということです。
―― 佐藤
災害現象は、古典的には社会を解剖し社会の本質をあらわにする機会ととらえられてきました。つまり、災害が起きると社会の本質的に弱い部分だとか、本質的に大切なものが見えてくるんですね。
―― 太刀川さん
本当にそうだと思います。顕にされますよね。
日常に防災がどう寄り添えるか、それを大切に考えるのが『フェーズフリー』
―― 佐藤
太刀川さんが『フェーズフリー』という言葉や概念を知ったとき、どのような感想や印象を持たれましたか?
―― 太刀川さん
意味を知ったときに思ったことは、「あっ、そうそうそうそう」という感じでしたね。こういうのが防災には必要だよねと。
―― 佐藤
どのような点に「そうそう」と感じました?
―― 太刀川さん
災害が起こったとき、身の回りのものに頼らないといけない状況が発生しますが、『OLIVE』の例のように皆さんが創造性を発揮して「ペットボトルが湯たんぽになる」って、そのモノの活用方法を読み替えて利用しなきゃならないんですね。でも「湯たんぽになるよ」って言われないと、人はそう思わないことがあって、つまり読み替えを行うための補助線が必要になる訳です。
災害時は目の前の状況を解決しないといけない環境にいきなり放り込まれる訳ですが、そんなときに読み替えができるように、デザインでも補助線を引いてあげる。それが『フェーズフリー』なのかなって思ったんです。
―― 佐藤
なるほどですね。もし『OLIVE』というプロジェクトを始められる前に『フェーズフリー』という言葉があったら、このプロジェクトはもう少し何か変化があったと思います?
―― 太刀川さん
いやどうでしょう。「役割の違い」な気がしますね。『OLIVE』は「今、目の前にあるモノを生き残るために使えるようにする」ことですが、『フェーズフリー』はいろんな状況で使える、ダイバーシティを持ったプロダクトをメーカーの人と「補助線を一緒につくった方がいいよ」と呼びかけることですから、同じ目的に対して別の手段を提供しているんですよ。そういう意味では、共存するものだと思います。
特に災害の多い日本において、使い方のダイバーシティをプロダクトに埋め込むのが『フェーズフリー』という風に認識しています。
―― 佐藤
太刀川さんの著作『進化思考』に、「進化思考とは、変異と適応を繰り返すこと」という考え方と同時に、「関係をどう捉えるか」というテーマがありました。私たち生きている人間と災害の関係性は、どのように捉えていますか?
―― 太刀川さん
大災害って、基本的には何十年に一度起こるじゃないですか。そうすると防災を考えるときには、基本的には365日どころか10000日くらいは日常なんですよ。10000日の中の数日に、被害が起こるかも知れないよという話が防災デザインです。
『進化思考』は「変異と適応を繰り返す」という考えで、生態系に適応させる考えが入っています。この観点で例えば「防災キット」を考えると、その日常における生態系は「10000分の9999は日常」なんですね。それに対して「日常の9999日に防災のプロダクトがどう寄り添えるかを大切に考える」のが『フェーズフリー』ですよね。
―― 佐藤
そうです。エマージェンシーを考えると10000分の1日に注目して、その時だけの人間とその1日の関係を描く、つまりそれが多くの防災グッズです。でも私たち人間と営みの関係性を整理すると、実はそれ以外の日が9999日あって、そちらの方をちゃんと描かないといけないんだって思った訳ですね。
エマージェンシーじゃない他の長い時間・空間を我々が生きているステージだとすると、その中で「なかなか備えるっていうことをやり続ける、考え続けるってことが難しいんじゃないのか」というのが、『フェーズフリー』が見つめてきた関係なんです。災害時の生活や命を守るという価値と、私たちの暮らしとの関係をどう捉えるべきか。その中でデザインがどうあるべきか、を考えてきた結果だと思っているんです。
―― 太刀川さん
災害が起こったときに、僕の『進化思考』では「どうやってレジリエンス(回復力)を有する生態系をつくるか」ということを考えるのですが、『フェーズフリー』は日常のものを兼用することでレジリエンスに貢献できると思うんです。全ての防災アクティビティが『フェーズフリー』化することはないでしょうが、『フェーズフリー』という概念があることによって、防災の裾野が広がる可能性が十分にある。それが『フェーズフリー』の素晴らしさだと思います。
―― 佐藤
そうですね。これまで防災は「備える」ということを前提にしていますが、太刀川さんがこの『進化思考』という書籍に記したように、私たち人間と災害との関係性を比べてみると「備えられない」という関係性もちゃんと考えなきゃいけないんじゃないだろうか、と思う訳です。要は備えるということを前提とした安心・安全な社会づくりも重要な一つのアプローチではあるけども、それだけではやっぱり誰もが参加できる訳ではない。備えられないということを前提にしたアプローチも必要なんじゃないだろうかって意味で。
―― 太刀川さん
そうですね。防災を、生態系として考えるということですね。防災に対して専門的な観点ではなく、いくつかの領域にブリッジをかけるポジションで発信しているところが『フェーズフリー』のユニークさだと思います。今までの防災が悪かったのでは決してなく、共存できる観点ですよね。
―― 佐藤
もちろんです。『フェーズフリー』は防災を否定するものでは決してありませんから。
デザイン面ではフロンティアの領域。『フェーズフリーアワード』にどんどん挑んでほしい
―― 佐藤
太刀川さんのおっしゃる「変異と適応」ですが、私は「変異」とは内的な要因、「適応」は外的な要因と捉えました。例えばAという製品があったとします。それは社会課題やニーズといった外的な要因があって「適応」を考える。そこからバックキャスト(目標から逆算して考える)して、このAという製品にどのような「変異」をもたらすかとデザインで考える。この「変異」の方から見たバックキャストと、「適応」の方から見たフォアキャスト(予測)が合致したときに、初めて「進化」するという。
―― 太刀川さん
進化は「変異と適応」が繰り返し起こらないと発生しないんです。佐藤さんのおっしゃる通り、「変異」の方から見た数多くの試みと、「適応」から見た関係性が合致したときに「コンセプト」が生まれます。フェーズフリーな商品もそう考えると生み出しやすくなるはずです。
―― 佐藤
なるほど。ちょっと話が飛ぶかも知れませんが、「適応」のところで考えたときに、『フェーズフリー』とはある意味「願い」というか、「未来に起こる何かの予測」のところなんです。太刀川さんの本に書かれていた「出現を待っている、声なき声」みたいな。
―― 太刀川さん
消費者の声なき声を、災害時に自ずと発生する願いを聞き取ってバックキャストするのが、『フェーズフリー』のデザインの肝かも知れませんね。さまざまな脆弱性に寄り添うというか。
―― 佐藤
そうですね。『フェーズフリー』は、脆弱性を小さくする方法を日常の生活の豊かさによって叶えていくという考え方です。日々の使いやすいだとか美しいだとかという価値によって、災害や被害につながる身のまわりにある「脆弱性」を小さくしていこうというものです。先ほど「災害は社会課題の集積」という言葉がありましたが、この脆弱性というのは日常に存在しているんですね。太刀川さんが尊敬する防災デザインは何かありますか?
―― 太刀川さん
災害は難しいテーマで、僕らの気持ちとか全く関係なく、寝耳に水として起こるから災害なんですよね。予測の範囲なら、災害ではない。
『東京防災』をつくった身としては、尊敬するプロジェクトは何かと問われたら「ボーイスカウト」かもしれません。キャンプの一種だと思ったら、実は災害時にとても有効な人材が育っている。佐藤さんの言う「脆弱性」のところにも機能しますし、何よりカルチャーになっているところに凄さを感じます。
―― 佐藤
確かにそうですね。日常の私たちの暮らしにちゃんと根差した価値によって、この「脆弱性」を小さくしていこうとしていますね。
デザインという分野においては、この「脆弱性」を小さくするという点について太刀川さんはどうお考えですか?
―― 太刀川さん
そうですね。僕はデザインには関係性をつくる力があると思っていて、関係性が生まれたときに、未来の誰かが幸せになる。その他者はこの場合人間に限らないのですが、良い関係性を結べることが大事だと思っています。僕にとっての防災デザインって、自分のライフテーマの一つなので、『フェーズフリー』は価値のある観点だと思っています。
その特定のタイミングだけのためにデザインをしても、そのタイミングがいつ来るのか分からない。しかも災害は一瞬で起こってしまうから、備えていても役に立つか分からない状況があるし、防災グッズの使い方もそのタイミングで知っているのか? という話もある訳じゃないですか。日常からその道具に慣れていることによって、レジリエントな対応ができる人を増やすのが、『フェーズフリー』って概念から出てくる可能性を感じるんです。世界語として一つのカルチャーになってほしいですね。
―― 佐藤
『フェーズフリー』の具体的な商品やサービスやアイデアをつくっていこうとしている活動の一つが、太刀川さんに審査委員をしていただく『フェーズフリーアワード』ですけども、いろんなアワードに携わっている太刀川さんとして、この新しく始まる『フェーズフリーアワード』に期待することってありますか?
―― 太刀川さん
『フェーズフリー』は、これから育てていく概念なので、デザインのテーマとしても「フロンティア」だと思うんですよ。ここで面白いものを発信すると、新しい言葉を代表するデザイン、「これです」っていうポジションが取れるかもというのは、カルチャーとしてワクワクしますよね。
デザインの本質を捉える上でも有意義だと感じています。未来に役に立つものを目指して、いろんなデザイナーの人たちに挑戦してほしいアワードだと思います。
―― 佐藤
ありがとうございます。ぜひ一緒に盛り上げてください。
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