三井所清典さん、連健夫さん

公益社団法人 日本建築士連合会 名誉会長
株式会社アルセッド建築研究所 代表取締役 所長
一級建築士

三井所 清典さん

昨年の第1回フェーズフリーアワードに引き続き第2回でも審査委員を務める三井所清典さん(以下:三井所さん)、そして一般社団法人日本建築まちづくり適正支援機構代表理事の連健夫さん(以下:連(むらじ)さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による『フェーズフリー』に関する対談が行なわれました。建築やまちづくりなど、人々の暮らしに関する数々のプロジェクトを推進している2人の専門家が抱く想いとは?

※対談はマスクを装着し行っておりますが、撮影用に一時外している場合がございます。

写真・文:西原 真志

三井所さんとの対談-1

フェーズフリーアワードの審査委員を務める三井所清典さん

フェーズフリーアワードの審査は、まちづくりのプロセスのよう

―― 佐藤
昨年の第1回フェーズフリーアワードではありがとうございました。また今年も審査委員をお引き受けいただきありがとうございます。

―― 三井所さん
今回もよろしくお願いします。

―― 佐藤
まだ黎明期である『フェーズフリー』という概念は、そもそもどのようなものなのかといった理解や、その概念を社会に正しく浸透させていきたいという思いでこのアワードをスタートしました。さまざまなご苦労をお掛けしましたが、今振り返って見て第1回のアワードにはどのようなご感想をお持ちですか?

―― 三井所さん
昨年はこちらこそありがとうございました。そうですね、一番の印象は、中心になっている佐藤さんがものすごく情熱的だったということでしょうか(笑)。その情熱に惹かれるんですよ、他の皆さんも。しかもそれをしっかりサポートしている東京大学生産技術研究所の目黒(公郎)先生の存在もあって、その2人の存在が、他の審査委員たちをこう、惹きつけているという感じなんですね。

―― 佐藤
(笑)。

―― 三井所さん
フェーズフリーアワードの審査は、かなりしつこくやっているんですね。専門分野の異なる審査委員が経験の異なる立場から審査して賞を決めるのですから、しつこくしつこくやって、それで合意形成をしていく。まさに、まちづくりみたいにですね。
僕自身もとことんしつこく審査する。他のアワードの審査はこんなことはないと思うのですが、でもそれが佐藤さんの情熱に応えるのにピッタリだと思って。審査委員の皆さんのお話や反応を見ながら、そんな思いで私自身もエネルギーを注ぎました。

―― 佐藤
本当にありがとうございます。昨年にもこのWEBサイト(フェーズフリージャーナル)に登場いただき、対談をさせていただきました(※1)。その際に『フェーズフリー』とは何かということについて話をしていて、三井所さんは「生業の生態系」という言葉を提示して下さいました。
そのような文脈のなかで、アワードへの応募対象や受賞対象についてはどのような印象を持ちましたか?

―― 三井所さん
『フェーズフリー』について皆さんとてもよく考えているから、どれもすごく深いと感じました。
審査という点では、多様なアイデアや実際に形になったものを目の前にしたときに、審査委員がどのような基準で何を考えてどれを選んだらいいのか、というのに戸惑うこともあったかと思います。一つ具体的なものについて議論するのであればそれを深められますが、モノや建築、概念や制度といった仕組みまであり、本当に応募された内容は多様。教育もありましたし。トータルに総合的に判断して選ぶことを考えると、これはとても難しいことです。
でもそういうことも含めて広めていく必要があるので、審査委員は外部の人からどうして受賞対象になったか聞かれたときに、ちゃんと答えられるようにしなくてはならないので、審査委員会のプロセスはすごく重要だと思いましたね。

―― 佐藤
授賞式のあとに開催されました、シンポジウムはいかがでしたか?

―― 三井所さん
ちょっと時間が足りない感じですね。せっかくの場なので、受賞者・来場者・審査委員と、もう少し双方向的なディスカッションができるとより良いかと感じました。

―― 佐藤
三井所さんが当初からおっしゃっていた、『フェーズフリー』とはこういうことなんだよという気づきを生んでいくことがアワードに期待するところ、という点を、もっと丁寧にそして深めていくことが必要ですね。今後のフェーズフリーアワードで、改めて意識していきたいと思います。

※1 前回記事:https://jn.phasefree.net/2021/11/10/interview-aw07/

『フェーズフリー』というアチチュード(態度)が大切

三井所さんとの対談-2

フェーズフリー住宅デザインコンペ2019で「フェーズフリー住宅賞」を受賞した経歴を持つ連健夫さん

―― 佐藤
三井所さんとの2回目の対談にあたり、他のどなたかにご同席いただくことをお願いしたところ、連健夫さんに今回ご登場いただくことになりました。連さんと三井所さんは、長いお付き合いなのですか?

―― 連さん
私の世代から見ると、三井所先生は巨匠であり神様みたいな存在ですよ(笑)。私自身は多摩美術大学を卒業し、東京都立大学大学院で建築計画学を修了した後に建築設計実務に関わってきました。その後イギリスのAAスクール(英国建築協会付属建築学校)で、学生そして教師として過ごす中で「参加のデザイン」を学び、帰国後、建築設計事務所をしているのですが、それとあわせてまちづくりを手がけたり、良質な建築や美しいまちづくりに向けた資格制度「認定まちづくり適正建築士」を一般社団法人日本建築まちづくり適正支援機構において立ち上げ、そこで三井所先生にお力添えをいただいています。

―― 三井所さん
連さんは『フェーズフリー』にもすごく興味を持っているので、今回この対談に同席いただくことにしました。

―― 佐藤
ありがとうございます。連さんと『フェーズフリー』との出合いとは、どのようなものだったのですか?

―― 連さん
雑誌で見てフェーズフリー住宅デザインコンペを知り、応募したら、幸い「フェーズフリー住宅賞」をいただいたんですね。それから『フェーズフリー』がずっと頭の中にあって思い巡らせていくうちに、自分の設計の考え方との共通性を感じたんです。私は建築設計とまちづくりを両方合わせて考えることが大事であると考えてきたのですが、『フェーズフリー』という言葉や考え方と出合い、非常時と日常時をつなぐという意味で、同じだなと思ったんです。先ほど「生業の生態系」という言葉が出ましたが、その通りだと思いますし、『フェーズフリー』で大事なのは、つなぐことだと感じました。

―― 佐藤
その通り、つなぐことはとても大切です。

―― 連さん
非常時にこうしましょうというのではなく、日常時からこういったことを考えておこうというアプローチの、事前復興まちづくりという考え方があります。これは、災害が起こったことを日常時にシミュレーションして、復興のまちづくりをする活動ですが、これがまさしく『フェーズフリー』のまちづくりであると私の頭の中で重なったんですね。
この『フェーズフリー』という言葉は、まちづくりにおいても、建築においても、認知拡大させていきたいなと直感的に思ったんです。

―― 佐藤
災害に備えましょうという提案ではなくて、備えたいと思っていても備えられない人たちまで目線を下げて、日常で使っている商品、サービスや施設などが私たちの生活を豊かにしながら、さらに自動的に非常時のその人たちの生活をも支えることになる。備えられなくてもその人たちを守れるのではないだろうかという観点で、日常のフェーズと災害のフェーズをフリーにしてくれる『フェーズフリー』にしたんです。
連さんが言われるように、それは『フェーズフリー』という言葉が生まれる前からきっと、もう何か実現されていたわけですね。その言葉があることによって、「自分が考えていたことって、これって『フェーズフリー』だよね」と気づくことにつながる。

―― 連さん
そう、気づきにつながる。事前復興まちづくりが今非常に注目されていますが、なぜかと言うと、それは行為そのものだからなんですね。もっと言えばアチチュード(態度、姿勢)なんです。要はハード面での視点ではなく、方向付けや行為をつないでいくこと。『フェーズフリー』でも、“『フェーズフリー』な生活行為”という視点を持つことが、より面白くしていくことにつながるのだと思います。

―― 佐藤
そうですね。最近公共施設などでも“『フェーズフリー』な建築”というワードが散見されるようになってきたのですが、単なるハードとしての施設などではなくて、連さんの言うアチチュード、つまり行為とか暮らしに向けて実現されてきている気がしますね。

―― 連さん
先ほどフェーズフリーアワードの審査委員会をしつこく行なうというお話が出ましたが、やはりそういったプロセスを経ての合意形成が大事であって、それによって関わる人たちに意味や価値についてのシェアができていくのですよね。

―― 三井所さん
そう、その態度が非常に大切。アチチュード、つまり日常の生活行為としての実践が必要なんですよね。

『フェーズフリー』とは、一緒に何かを行なう“アソシエーション”である

三井所さんとの対談-3

フェーズフリー協会の会議室において2時間にわたる鼎談が行われました

―― 佐藤
そのアチチュードとも関わるかと思いますが、『フェーズフリー』に関わっていただいたことで、これまでと違うご自身のお仕事などに変化や展開はありましたか?

―― 三井所さん
「生業の生態系」の原点のようなものなんですけれども、私自身は木造建築を通して、社会や地域社会をつくっていくということを考えて、それに今エネルギーを割いているんですね。

―― 佐藤
木造というものが、日本の風土の中では「生業の生態系」に合っているということですか。

―― 三井所さん
そうそう。改めてよく考えてみると、日本のほとんどの道具は木製だった。それから暮らしのいろんなエネルギーも山からもらっている。地球上で言うと日本はいい塩梅に森が育つ位置にあって、すごく素晴らしいこの国のあり方というものがあるんですよね。森というものをもっと生かさなくちゃいけない。それを忘れていた時代を僕も過ごしてきて、改めて森を大切にするという生き方がやっぱり大切だと思うんです。

―― 佐藤
そうですね。

―― 三井所さん
現代社会は、普遍的合理性を追求しすぎた。そのために、そうでないものが失われていくような状況になっているのだけれども、反対にそれを大切にしようとする認識が強く出てきている。グローバル経済とかナショナル経済だけでは格差がどんどん広がっていくし、だから自分たちが生きていくためにどうしたらいいかということを考えなくてはいけない時代になったんですね。それは、何か大きな危機に対して、地域の力がいかに蓄えられるようにしていくかという意識と連携する行為につながります。技術的にもモノとしても、それは大きな意味で僕は『フェーズフリー』の概念だなと考えているんです。

―― 連さん
私もそこが肝になるのではないかと思います。「生業の生態系」という点で大事なのは、開かれていることだと思うんです。建築的に言えば、Commons(コモンズ)をつくらなくてはいけない、つまり、共通性ということですね。

―― 三井所さん
経済学者の宇沢弘文さんは、そのコモンズという言葉を日本語で「社」と表しました。

―― 佐藤
共同体とは違うのですか?

―― 連さん
地域に根ざしたコモンズという概念は、ある意味で共同体のなかにあるんです。そしてさらに、同じ考えを持つ人たちが一緒に何かをやっていくときはAssociation(アソシエーション)になる。アソシエーションという概念と、コモンズという概念が重なり合うことが良質なまちづくりに大切で、またそれがすごく面白いんです。
私は『フェーズフリー』というのは、このアソシエーションだと思うんです。いろいろな地域の特徴に合った『フェーズフリー』がある。つまり、地域性というコモンズに『フェーズフリー』というアソシエーションをうまく重ねていくことが、すごく重要じゃないかなと思っています。

―― 佐藤
これからさらに『フェーズフリー』が広がって行くためには、何が必要でしょうか?

―― 連さん
自分が関わるさまざまなプロジェクトで『フェーズフリー』を盛り込む提案をしていますが、「まだ定義づけされていない」などのネガティブな意見がまだまだ多いのが現状です。現時点では純粋にまだ、理解が広がっていないのかも知れません。

―― 三井所さん
政治・行政で『フェーズフリー』というワードが使われることは増えて来ていますよね。「クールジャパン」みたいに分かりやすく、使いやすくなるといいのかもしれません。

―― 連さん
確かにそうですね。私は『フェーズフリー住宅デザインコンペ』に応募して受賞させてもらいましたが、そういったいろんなアワードがあるのは理解を広げる意味でとても大切だと思いますね。

―― 三井所さん
やはりアワードは、普及という面においても非常に重要になりますね。

三井所さんとの対談-4

鼎談を終え笑顔の三井所さん(中央)、連さん(右)と佐藤

フェーズフリーアワードは、『フェーズフリー』という概念に気づきつながる場

―― 連さん
『フェーズフリーまちづくりコンクール』など、いろんなアワードができると思いますよ。ある人は漁業からとらえたまちづくりかも知れないし、あるいは林業や農業かも知れないし、教育やサービスなどかもしれない。いずれにしても、ポジティブでクリエイティブな思想の中で、多様な『フェーズフリー』が考えられるし、いろんなアイデアや価値判断が出やすくなるのではないかと思いますね。

―― 佐藤
なるほど、面白いですね。

―― 三井所さん
『フェーズフリー』というちょっと近づきがたいような言葉の響きと、まちづくりという親しみのあるものとが一緒になって、『フェーズフリーのまちづくり』となるからすごくいいね。いろんなアイデアが広がります。

―― 佐藤
フェーズフリーアワードも2回目を迎えますが、どんなところに期待しますか?

―― 三井所さん
1回目の昨年に受賞したフェーズフリーの公園(事業部門Gold:としまみどりの防災公園 IKE・SUNPARK)はすばらしいモデル的事例でした。2回目、さらには3回目と、多様なフェーズフリー空間が出てくるといいですね。
変わることのない重要なことは、このアワードを通して『フェーズフリー』の概念に気づいてもらうことです。その言葉や概念に触れた人が、自分はその言葉こそ使っていなかったけれど、同じ未来を目指していたと気づき、そこからいろんな応募があるといいなと思います。

―― 連さん
三井所さんのおっしゃる通りですね。また、それらをどんどん公開していくことも重要ですね。SNSなどでどんどん広がって、ワクワク感と合わせていろんなつながりが生まれていくはずです。

―― 佐藤
そうですね、フェーズフリーアワードで積み上げてきたナレッジというものを、きちんとフィードバックしていく、社会に還元していくことがもっと求められていきますね。これからそのあたりもしっかり考えていきたいと思います。
今回のフェーズフリーアワードもよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

―― 三井所さん・連さん
ありがとうございました。

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