国際大学 国際経営学研究科 准教授
櫻井 美穂子さん
(2025.4 実施)
写真・文:西原 真志

フェーズフリーアワードで審査委員を務める櫻井美穂子さん
社会的なニーズを加味したテクノロジーが重要
―― 佐藤
今回で2回目となる櫻井さんとの対談は、「これまでのフェーズフリーアワードで印象に残る受賞対象について」が主なテーマなのですが、少しちがうところからスタートさせてください。櫻井さんの著書『ソシオテクニカル経営 人に優しいDXを目指して』にある、"ソシオテクニカル" というキーワードについてお聞きしたいです。
―― 櫻井さん
はい、お願いします。
―― 佐藤
"ソシオテクニカル" とは、櫻井さんの定義ですと「社会システムと技術システムを統合してデザインするもの」とのことですが、"ソシオテクニカル経営" の "経営" とはどのようなことでしょうか?
―― 櫻井さん
レジリエンスの概念を元に、「デジタルやテクノロジーをいかに日常生活に組み込むか」という、インフォメーション・システムマネジメントです。社会全体で活用するマネジメントの側面があるため、"経営" という言葉を使用しています。もちろん、一般的な企業経営という意味もあります。
―― 佐藤
社会システムと、技術システムは、どのようにちがうのでしょう?
―― 櫻井さん
技術システムと社会システムは、どちらも人間の目的を達成するために人為的につくられたものです。本来は、組織や制度、社会ルールといった私たちの生活系を形作る社会システムをよく理解した上で、技術システムを設計したいところですが、設計というと私たちはどうしても "技術そのもの" に意識が向いてしまいます。
―― 佐藤
なるほど。社会システムと技術システムの統合設計・デザインとなると、社会ニーズに合わせた形で技術をデザインするということ。
―― 櫻井さん
そうです。技術には本来 "目的" があります。日本はものづくりの国ですし、計画的に設計することは得意です。例えばクルマなら移動したいとか、建物なら雨風をしのいで必要な機能を果たすように、という何かしらの目的があるわけです。
―― 佐藤
たしかにそうですね。
―― 櫻井さん
クルマや建物などは目的があってつくられますが、デジタルの場合は、目的はそれなりにあるにしても、アプリなどまず何かをつくって使ってみようという、技術的な面が先に走ることが多いのです。「とりあえずクルマつくってみよう」ということはないですよね。
―― 佐藤
ないない(笑)。
―― 櫻井さん
データもつくりやすいしコピーも簡単だし、デジタルの世界は参入障壁がどんどん低くなっていて、サービスをつくりやすいのです。でも私はそれだけでなくて、ソシオテクニカルの考え方を踏まえて、「社会側のニーズもとらえて設計しましょう」と考えています。そのためにわざと "社会システム" という言葉を使っています。1970年代までは、デジタル技術ができることは情報を記録して送信するくらいと、まだまだ限られていました。それがインターネットでモノや情報がつながって、新しいサービスを有機的に創出することが可能になっている。しかし現在でもものづくりの発想は、設計図があって決められた順番に手がけることが大半です。
―― 佐藤
なるほど。
―― 櫻井さん
"複雑系" と呼んでいるのですが、インターネットでモノや情報がつながるようになったことで、常にオープンな環境で新しい創発が生まれる世界となって、すべてを事前に定義づけすることは不可能になったのですね。
―― 佐藤
何が生まれてくるかわからないという状況ですね。
―― 櫻井さん
そう、何とでもつながってしまう現象を "複雑系化" と呼んでいます。例えばクルマは移動手段ですが、そこで音楽を聴きたいとか、そもそも運転しないで移動したいとか、そんなどんどん変わる欲望というかニーズに、現代のクルマも応えようとしていますよね。
―― 佐藤
そうですね。
―― 櫻井さん
技術が発展することで、そのような潜在的な人類のニーズのようなものをキャプチャーできるようになってきています。だからこそ、"社会システム" 側の理解が重要である、ということを訴求しているのです。
―― 佐藤
技術システムというのは、人のニーズや社会の欲求よりも、それ自体で何ができるかという点に主眼が置かれてきたということですか?
―― 櫻井さん
技術システムは人間の "目的" を遂行するためにつくられているものなので、ニーズに応えるという意味では同じなのですが、これまでは、技術ができることしかできなかった、ということです。ですが、今は逆になってきています。人々のいろいろなニーズを、技術がカバーできるようになった。クルマだって動くコンピューターになっていますから、アップデートも自動ですし、ネットワークにつながって学習もするので、どんどん進化していく。そうすると、はじめは移動のために生まれたクルマが、もっともっと人のニーズに対して受け応えできる、これまでとまったくちがう存在になるわけです。
―― 佐藤
スマホなどもそうですよね。もしかしたら、水道システムだってもっとおもしろくなるかもしれません。従来は水を流して届けるだけだったけれど、いろいろなデジタル技術が加わり発展して、その人に合わせた健康になれる水とか、節約したいなどのいろいろなニーズが取り込めるようになるとか。
―― 櫻井さん
おもしろいですね。そんなふうに、これまでとちがう発想で社会システムと技術システムを設計する必要があるんです。
―― 佐藤
今のお話を聞いていて思ったのは、自動でアップデートしていくとか、人のニーズを取り込んで発展していくとか、結局はそれこそが "レジリエンス" ということですよね。櫻井さんの大きなテーマである。
―― 櫻井さん
そうなんです。それこそが "レジリエンス" なんです。

櫻井さんの著書のテーマでもある "ソシオテクニカル経営" などについてお話しいただきました
"レジリエンス" とは、"進化" である
―― 佐藤
"レジリエンス" という言葉は、日本語では "柔軟性" や "強靱性" などと言われますが、櫻井さんの考え方や言葉から聞こえる "レジリエンス" の和訳は、私には "進化" に聞こえます。
―― 櫻井さん
そうです。"レジリエンス" とは、"進化" です。複雑系を背景に、技術システムがどんどん進化しています。アメーバのようなイメージです。データは増殖して、設計者の予期しない形でネットワーク上でつながっていきます。社会システムである人間系のニーズに、きめ細やかに対応できるようになっています。そこで今日の対談のテーマである「これまでのフェーズフリーアワードで印象に残る受賞対象について」につながるのです。
―― 佐藤
ぜひ紹介してください。
―― 櫻井さん
まずは、2021年のアイデア部門でSilverだった『移動式発電・給電システム「Moving e」(※1:第1回受賞対象)』です。
―― 佐藤
トヨタ自動車(株式会社)とHonda(本田技研工業株式会社)が協同で実施した、移動式発電・給電システムを構築して電気を届ける実証実験ですね。
―― 櫻井さん
水素を活用して走るビークル(乗り物、輸送手段)自体が電気を提供するという発想が、まず驚きでした。
―― 佐藤
クルマが移動手段としてだけでなく、環境面でもエコロジーでありさらにエコノミーでもあるという。
―― 櫻井さん
「ものづくりの際には設計書が必要」と先ほどお話ししました。ですが、レジリエンスの根幹のところに言及しますと、「想定外に対してどう対処するか」という点が重要になる中で、すべてを想定することはできないと皆さんもうわかっているわけです。想定できないならその時々に柔軟に対応するしかないのですが、事前に定義できないならどうするかというと、社会システムを理解する、社会側のニーズに柔軟に対応する技術システムを設計する、つまり「レジリエンスの考え方をしておく」ということなのです。
―― 佐藤
何が起きるかわからないときに、そこに対応できるのは "レジリエンス" ということですね。
―― 櫻井さん
「Moving e」が持っている機能は、本来はクルマに求められていたものではありません。ですが、社会システムに応える能力につながっていて、まさに "進化" で、"レジリエンス" ですよね。
―― 佐藤
クルマで言えば、快適性の向上とか自動運転への進化もそうですが、ナビ(カーナビゲーションシステム)もかなり進化を重ねていて、天気や渋滞状況、過去のビッグデータなどともつながり、かなり高い精度でA地点からB地点への最適な経路がリアルタイムでわかります。過去のデータやリアルな情報から、人間が察知できない危険を予測して、自動で回避してくれることにもなっていくでしょうね。
―― 櫻井さん
すでに技術的には可能になってきているでしょう。デジタルの世界ではデータは多ければ多いほど良いと考えますので、たくさんのデータがつながればつながるほどに、私たちの暮らしや社会システムそのものも進化していきます。
―― 佐藤
そうですね。
―― 櫻井さん
まだわからないことやできないこともあって当然です。でも、すでにいろいろなデータがあり、それらをつなげていくことで、予期しない非常時にも役立つことは多くあると思うんです。
―― 佐藤
非常時は想定できないから対応が難しいのであって、元々予見しきれないものですよね。これまでの防災は、想定した非常時に対してコストをかけて備えてきました。でもやはりそれでは限界があるんですね。無限に発生する非常時のシナリオには、無限に生まれる価値で提案をする『フェーズフリー』でないと対応できないのです。
※1:移動式発電・給電システム「Moving e」
https://aw2021.phasefree.net/award/pfaw2021i026/

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました
デジタルが最も得意とするのは "カスタマイズ"
―― 櫻井さん
たしかに、コストというのも大きな課題ですよね。個別ニーズに応えようとすると、どうしてもコストがかかってしまいます。だからほとんどのサービスやプロダクトなどは、標準化して量産していく流れに進んでしまいます。でもデジタルなら、コストを掛けずに個別ニーズに応えられます。そもそもデジタルが最も得意なのは、カスタマイズなんです。登録した年齢や性別、また現在地や健康状態をもとに判断して、個々人に最適な情報を提供してくれるのがデジタルの大きな特長です。
―― 佐藤
自分もよく活用しますが、AIやスマートスピーカーなど、デジタルの本質とはたしかに、カスタマイズにあるのかもしれませんね。
―― 櫻井さん
壮大なデータに基づいた、その人に対する最適な提案ですよね。だから逆に突飛なクリエイティブなひらめきがないという部分は弱みでもあります。
―― 佐藤
ひらめきはないけれど、カスタマイズ力はものすごい。想定外に対しても、その対応への設計力については、デジタルは得意なんですね。
今回もう一つ選んでいただいたのが『小清水町防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」(※2:第4回受賞対象)』ですが、その理由も聞かせてください。
―― 櫻井さん
ふだんからの機能やコミュニケーションを向上させている、まさに良い事例だと思ったのが大きな理由です。
―― 佐藤
北海道の小さな街に誕生した『ワタシノ』は、庁舎機能とふだんから足を運べる賑わい機能を組み込んで、地域の人々のつながりや暮らしを良くするための存在です。だから当然、非常時にも役に立つ場になります。
―― 櫻井さん
実は私、見学に行ったんです。休日で工事もしていたのですが、若い学生さんたちが中で勉強していました。この地域では新しい集いの場になっていると感じましたね。建物のハード面だけでなく運営のソフト面においても、このモデルが他の場所にも広がるといいなと思いました。
―― 佐藤
現地に足を運んでくださったのですか! うれしいです。日常時も非常時も地域の人が安心して過ごせる、『フェーズフリー』をコンセプトにした場所で、本当に他の地域にも広がればと願っているところです。
―― 櫻井さん
最後に挙げるのは、コミュニケーションの大切さという観点で、『BOCCO emo(※3:第2回受賞対象)』です。コミュニケーションは、暮らしを豊かにしていく点で根幹にあるものです。
―― 佐藤
そうですね、究極ですよね。
―― 櫻井さん
コミュニケーションと言っても、災害用ととらえてしまうとよくわからなくなってしまいますが、ふだんから親しんで使えるところが魅力です。
―― 佐藤
文字を打たなくても、「ママおやつどこ?」とBOCCOに話しかければ、文章でお母さんのスマホに情報が伝わります。ふだん使いやすいからこそ、非常時にももちろん使えるし役立てられるのですね。
―― 櫻井さん
その意味でもやはり、『フェーズフリー』ですよね。
―― 佐藤
櫻井さんに挙げていただいた受賞対象は、どれも『フェーズフリー』でもあり、レジリエンスですね。その三つが『フェーズフリー』である基本的な要因は、そもそも日常の暮らしの中で自律的に進化する、すなわちレジリエンスなデザインになっているからではないかと思いました。だからこそ、想定できない非常時にも対応していけるのですね。
―― 櫻井さん
そうですね。レジリエンスでもあり『フェーズフリー』だと思います。
―― 佐藤
ここに、『フェーズフリー』とレジリエンスの本質的な共通点を見つけられた感じがしました。何かを想定してものづくりをした瞬間、同時にカバーできない想定外が発生します。それならば、何かを想定して窮屈なデザインにするのではなく、日常の暮らしの中で自律的に進化する、つまりレジリエンスなデザインにしていくことが重要で、それがまた『フェーズフリー』なデザインでもあると思いました。
本日もいろいろなお話をありがとうございました。フェーズフリーアワードも引き続きよろしくお願いします。
―― 櫻井さん
ありがとうございました。よろしくお願いします。
※2:小清水町防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024b008/
※3:BOCCO emo
https://aw2022.phasefree.net/award/pfaw2022b002/

約2時間の対談を終え握手を交わす櫻井さん(右)と佐藤
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