
社会活動家/東京大学 特任教授
認定NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ 公共政策アドバイザー
湯浅 誠さん
(2025.4 実施)
写真・文:西原 真志

第3回フェーズフリーアワードから審査委員を務める湯浅誠さん
こども食堂は、次なるフェーズへ
―― 佐藤
最近テレビで、湯浅さんが理事長を務めていた「認定NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ」のCMが多く流れていますよね。反響も大きかったのではないですか?
―― 湯浅さん
そうですね。毎年内容が変わって今回2年目なのですが、前回はアニメーションで、はるな愛さんがナレーションを務めてくださいました。今回は俳優の松重豊さんを中心に子どもたちやシニアの方々が登場しているCMですが、リアルなせいか印象に残るとよく言っていただきますね。「見ましたよ」という反応もたくさんいただいています。
―― 佐藤
こども食堂の意味や、どんな場なのかがすごくよく分かります。
―― 湯浅さん
地域の子どもたちやお年寄りの方が集まって楽しく触れあうという内容が、とてもストレートで伝わりやすかったのですね。『フェーズフリー』のCMも見たい気がしますけれど、考えたことはありますか?
―― 佐藤
考えたことはなかったですね。『フェーズフリー』は防災にも関わる活動ですし、こども食堂と同じようにみんなで社会をつくっていこうという取り組みなので、たしかに『フェーズフリー』のCMというのもおもしろいのかもしれませんね。こども食堂は今や日本中で取り組みが拡大していますが、最近はどのような状況ですか?
―― 湯浅さん
活動が安定してきたことと、こども食堂の広がりが自立軌道に乗ったので、私自身はむすびえの理事長を一旦離れることにしました。もちろん今後も関わりは持ち、公共政策アドバイザーとして支えていきます。
―― 佐藤
そうなのですか。湯浅さんが理事長を離れるというのは驚きです。
―― 湯浅さん
体制としても整ってきた実感がありましたので、私がいなくてもいいかなと思いまして(笑)。多世代交流などを考えていきますと、こども食堂という枠では収まりきらないところも出てきているため、その外側を整えることも考えるようになったんです。
―― 佐藤
私は、多世代交流や地域の中のソーシャルキャピタルなど多様なものを具現化した一つが、こども食堂だと思っているんです。その意味では今のポジションでできることも、まだまだあるのではないでしょうか?
―― 湯浅さん
おっしゃるとおりです。ただ関わりを持って9年になり、開拓期のフェーズが過ぎたという実感があります。また新たな何かを探っていこうといったところです。
―― 佐藤
なるほど。湯浅ファンとしては納得の決断といいますか、また広大なカオスに飛び込んでいただきたい(笑)。
―― 湯浅さん
カオス(笑)。
―― 佐藤
一箇所にとどまらずに、また新たな発見や発明をしてもらいたいと個人的には思っています。
―― 湯浅さん
まだまだ具体的には見えていないですけれど、いろんな試みをしていこうと思っていますよ。
―― 佐藤
いろんな地域が抱える問題や課題をどうとらえ、どう解決していくか、という活動に変わりはないわけですね。こども食堂とはまた一歩違うフィールドから豊かさを考えていく。
―― 湯浅さん
はい。最近は、歴史や民俗学にヒントがあるのではないかと思っているんです。

現在の想いやこれからについてお話しくださった湯浅さん
脆弱性の根源そのものにアプローチする
―― 湯浅さん
実際に行動したり、いろいろと自分でも勉強を重ねたりするなかで、「みんなを取り残さない」というのは、本当に難しいことだと感じています。最近ふと考えたのが、経験してきた人の知恵や風習、文化といった、いわゆる民俗学のようなところにヒントがあるのではないかということです。何かが見つかるかは分かりませんが、個人的に最近はそのような方向に進んでいます。
―― 佐藤
世界では多様性やグローバリズムといった、一つの理想に向かって進んでいますが、その多様性やグローバリズムといった言葉自体が、単なる理想に聞こえてしまう感じもありますよね。民族固有の知識とか暮らし方が受け継いでいかれるほうが、地に足が付いているといいますか……。
―― 湯浅さん
そう、知恵ですよね。最近特に興味を持った言葉があります。それは、"ちゃんとしてる"です。貧困問題に取り組んでいる際にも多く飛び交っていたのですが、「ちゃんとしてる」「ちゃんとしてない」とか、結構みなさんよく使うんですね。「ちゃんとすればできる」とか「ちゃんとしていればそうはならない」とか、この"ちゃんとする"というのはいろんな可能性を秘めた言葉であり、マジックワードでもあると思ったんですね。
―― 佐藤
おもしろい。"ちゃんと"にはコモンセンスというか、根底に共通の認識があるわけですね。ちゃんとしてる、ちゃんとしてないとか、例えば私たち日本民族のなかでは共通のレギュレーションのようなものがあるわけですね。明文化はされていないけれど、底流に共有している。
―― 湯浅さん
自分も年を重ねて、表層には関心が向かないで、だんだんとそういった底流というか根源的な方に視線が向くようになりました(笑)。
―― 佐藤
防災の観点で言いますと、「今現在の暮らしではなくいつ来るか分からない未来の災害に備えましょう」と訴えても、日々の暮らしで精一杯のいわゆるふつうの人たちにはなかなか届きません。だからその人たちの目線に合わせてどう問題を解決していくのかが重要で、それで『フェーズフリー』が生まれました。
―― 湯浅さん
こども食堂も同じ切り口で、貧困問題ととらえて活動してしまうと、参加が途端に難しいものになってしまいます。だから、誰もが自由に足を運べて、みんなにとって身近な場であることを大切にしたんです。
―― 佐藤
そうですよね。災害も貧困もどちらの問題も根源は一緒で、その根源そのものにアプローチしていかなくてはなりません。脆弱性とは、社会の中でのさまざまな歪みから生まれてきます。こども食堂も『フェーズフリー』も、その脆弱性や課題を小さくしていくことに取り組んできたわけですが、それに加えて"そもそも脆弱性そのものが生まれないようにする"ことを実現できないかぎりは、我々は死にきれませんねというお話を前回の対談でしましたね。
―― 湯浅さん
そうでしたね(笑)。
―― 佐藤
やはり脆弱性の根源にアプローチできないかぎり、モグラ叩きのような感じで終わりがないと感じてしまいます。でも、ここ数百年、数千年の歴史で見れば、我々は進化してウイルスや地震など特定のハザードに対して少しずつ強くなっているとも思うのです。科学技術の進歩や知識・知恵の伝達が、人類の発展の"傾き"のようなものを創出し続けてくれています。
―― 湯浅さん
僕もそう思います。意識化はされていないですが、文化や風習、科学技術を含めて、歴史的に積み重ねてきたものが次に生かせる素材として力を持つと、漠然とですが感じています。まだ具体的にできる何かがあるわけではありませんが、脆弱性の根源そのものにアプローチしたり、人類の発展につながるまた新たな"傾き"というものを、ちゃんと考えて構築していけたらと思いました。
―― 佐藤
本当にそうです。
―― 湯浅さん
佐藤さんにもぜひ聞きたいのですが、私は『フェーズフリー』もこども食堂も、発明だったと思うのです。佐藤さんもずっと"フェーズフリーとは何か?"というコアの部分を明確化する取り組みを重ねてきましたが、佐藤さん的には何をもって完成になるのでしょうか?
―― 佐藤
例えばフェーズフリーアワードでも、それまでは思いもつかなかったような提案や、意図しなかった解釈がたくさん生まれています。現在も社会と対話しながら、『フェーズフリー』とは何かを定義し続けている状態です。これからさらに広がっていくわけですが、あらゆるケースにおいて、投げかけられる多様な問いに応えられるという状況ができたら、それをもって"フェーズフリーとは何か?"が完成だと思っています。
―― 湯浅さん
なるほど。
―― 佐藤
今回の対談では、まさに"フェーズフリーとは何か?"を示すような、これまでのフェーズフリーアワード受賞対象を3つ選んでいただきました。ぜひご紹介いただけますか?
―― 湯浅さん
はい。まずは、『livestock shelter(※1:第4回受賞対象)』です。
―― 佐藤
審査委員の方からの支持が高いですね。
―― 湯浅さん
そうですよね。栃木県立矢板高等学校の学生たちの取り組みという、やはり未来につながる感じがしますよね。今回のフェーズフリーアワードのテーマでもある"つながる"をすごく感じさせてくれます。
―― 佐藤
フェーズフリーアワードで学生たちがステージでプレゼンしてくれましたが、非常時の家畜のことを考えるというその取り組み自体のすばらしさはもちろん、先輩たちからつながってきたものを自分たちが大事にしているという気持ちなども感じられて、かなり感動しました。
―― 湯浅さん
そうそう、ITを駆使してとかでなく、自分たちの手でというところも良かった。いろんなストーリーを感じましたね。
※1 livestock shelter
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024i106/

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました
街中にどんどん居場所をつくっていく
―― 佐藤
2つ目は、Gold受賞の『ラップ式トイレ「ラップポン」(※2:第4回受賞対象)』ですね。
―― 湯浅さん
『ラップポン』は、まさに『フェーズフリー』という印象です。
―― 佐藤
どのあたりが、まさに『フェーズフリー』と感じるポイントですか?
―― 湯浅さん
人の暮らしから切り離すことができない、排泄物の臭いとか菌を完全密封するという点ですね。日常の介護の現場だったり、非常時に活用できるトイレとしても、どちらにも高いレベルで有効というのはとても重要なポイントです。
―― 佐藤
たしかに、ふだんの私たちの暮らしにもとても役立ちますし、非常時にも絶対に必要になるもので、しかも臭いや処理する手間などの課題も解決しています。
―― 湯浅さん
臭いや手間というものは、日々、心身の負担になっていくものですので、そういった点に応えているのはすごいですよね。もっと普及したら、多くの人が助かると思います。
―― 佐藤
湯浅さんの印象に残る、3つ目の受賞対象も教えてください。
―― 湯浅さん
北海道の『小清水町防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」(※3:第4回受賞対象)』です。
―― 佐藤
理由をお聞かせください。
―― 湯浅さん
人口減少や少子化が進むなかで、こども食堂という居場所づくりにおいても、「本当にその地域に必要なのか?」 と言われてしまうこともあるんです。しかし、その場や街そのものに魅力が出てくれば人も増える可能性があるわけで、街中にどんどんいろんな人の居場所をつくった方が良いと思っているんです。
―― 佐藤
そうですよね。
―― 湯浅さん
なくなってしまいそうな集落や過疎地域において、新たなつながりをつくる意味や価値とは何だろう? と常々考えているのですが、小清水町という小さな場所に生まれた『ワタシノ』は、一つのヒントになった事例でした。
―― 佐藤
どのようなところがヒントになったのですか?
―― 湯浅さん
自治体の庁舎そのものが、地域の人々の暮らしを支えていく拠点になるというところですね。日常的に近隣の人が集まる場になってコミュニケーションが育まれて、もちろん災害が起こった際には、いつも親しんでいた場が守ってくれる避難所になる。
―― 佐藤
この小清水町防災拠点型複合庁舎は、最初から『フェーズフリー』をコンセプトの中心に据えてつくられているんです。庁舎と賑わい施設と防災機能をあわせもつ複合施設です。日常的なつながりがあるからこそ、非常時でもそこで安心した時間を過ごすことができるという想いで、まさに湯浅さんが手がけているこども食堂と同じ考え方ですね。
―― 湯浅さん
なるほど、たしかに同じですね。
―― 佐藤
何か特別なことをするのではなくて、ふだんの暮らしの中での日常をちゃんと描くことによって、そこに自然と賑わいが生まれ非常時にも安心につながっていくという。
―― 湯浅さん
こども食堂に限らず、居場所づくりという観点で、佐藤さんのおっしゃるとおり生活動線の中にあることがまずは大切ですよね。
―― 佐藤
そうそう。
―― 湯浅さん
例えば、駅の待合室とかバス停だったり、それこそゴミ捨て場だとか、生活動線の中にあるところを居場所にすることが重要で、新たにつくってもなかなか参加が難しくなってしまう。そういう視点でも『ワタシノ』は有力な素材に映ったんです。
―― 佐藤
その場の人々の、日常の営みということですよね。特別なことではなく、あくまでも日常の暮らしという目線です。
―― 湯浅さん
そうですよね。他の2つとはちょっとレベル感が違うのですが、とても印象に残ったので挙げさせていただきました。
―― 佐藤
ありがとうございます。第5回のフェーズフリーアワードも楽しみですね。引き続きよろしくお願いします。
―― 湯浅さん
よろしくお願いします。
※2 ラップ式トイレ「ラップポン」
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024b037/
※3 小清水町防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024b008/

対談を終え笑顔で握手を交わす湯浅さん(左)と佐藤
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