個人的・主観的・暫時的なことにアプローチしていく

社会活動家/東京大学 特任教授
認定NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ 理事長

湯浅 誠さん

第4回フェーズフリーアワードで審査委員を務める湯浅誠さん(以下:湯浅さん)とフェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による対談がおこなわれました。貧困問題へのアクションや認定NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえの理事長を務めるなど、幅広く活動する湯浅さんに、『フェーズフリー』への想いや最近の取り組みなどについて伺いました。
(2024.8 実施)

写真・文:西原 真志

湯浅さんとの対談-1

社会活動家/東京大学特任教授、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長の湯浅誠さん

個人的で主観的で暫時的なものである「居場所」をつくる

―― 湯浅さん
前回の対談では僕の足跡を聞いていただきましたけど、今回は僕が佐藤さんにずっと聞きたかった質問から始めさせてもらっていいですか(笑)。

―― 佐藤
もちろん、喜んで(笑)。

―― 湯浅さん
佐藤さんが『フェーズフリー』を考えたきっかけって、何だったのですか?

―― 佐藤
大学4年生から修士課程を終えるまで、災害や防災の研究をしていました。大手ゼネコンに勤務した後も、災害復旧や復興にも携わっていました。しかし災害に対して「備える」というやり方だけでは限界を感じて、2011年から「備えることは難しい」ということを前提とした活動を開始しました。そして2014年に『フェーズフリー』という言葉を発信しはじめました。

―― 湯浅さん
佐藤さんのメインのバックグラウンドはデザイン?

―― 佐藤
工学部で土木がメインです。

―― 湯浅さん
街づくりとかも手がけていたのですか?

―― 佐藤
そうです。会社員時代の半分は海外に赴任していました。大規模なエネルギー関連施設などの開発に携わっていました。例えば工場やプラントをつくるといっても、港湾・空港・道路……とか街そのものをつくって数多くの人も動かすのですが、そういったプロジェクトを世界中でいくつも手がけました。

―― 湯浅さん
へぇ、そうなのですね。そういう時に、コミュニティ・デザイン系の人たちとの接点もあったのですか?

―― 佐藤
ありましたね。そこの地域だとか、人々との関わり合いは絶対に必要なので、当時はコミュニティ・デザインという言葉はありませんでしたけどその考え方や取り組みはありました。街づくりのデザインって、結局コミュニティ・デザインがベースにないとできないんですよね。

―― 湯浅さん
なるほど、そうですよね。

―― 佐藤
コミュニティ・デザインという観点では湯浅さんの取り組みもまさにそうですよね。前回の対談で湯浅さんの歩みといいますか、貧困問題に対してどんな思いでどんなアクションを起こしたのか、また子ども食堂を全国で展開するいきさつなどを聞きましたが、最近はどのような活動をしているのですか?

―― 湯浅さん
アイデアレベルのものはたくさんあるのですが……最近のキーワードとしては「居場所」ですね。それは物理的な場所ではありません。例えば同じ学校の三年一組にいても、ある子はそこを居場所と感じて、他のある子は居場所じゃないと感じることがある。コミュニティ・デザインの話とつながるのかもしれませんが、ただ物理的な場所を用意すればそこが居場所になるわけじゃないんですね。さらに言えば、居場所と思っていた子も、翌日にはそうでなくなってしまう可能性だってある。つまり居場所って、個人的で主観的で、暫時的(ざんじてき:少しの間)なものなんです。

―― 佐藤
なるほど、居場所とは、個人的で主観的で暫時的なものであると。

―― 湯浅さん
はい。そう考えていたらある時ふと、それって「幸福」と似ていると思ったんですね。幸福も個人的で主観的で暫時的なもの。最近は孤独・孤立対策にも関わっているのですが、その孤独だって同じなんですね。孤立というのは客観的なことなので異なる部分がありますが、孤独と幸福と居場所は、並列なものだと気づいたんです。

湯浅さんとの対談-2

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました

脆弱性を生みだしているのは何か、を考える

―― 湯浅さん
孤独も幸福も居場所も、個人的で主観的で暫時的なものです。では、それらを外からどうにかできるのか? ということになりますけれど、一般的には不可能とされています。悪く言ってしまうと、それらは気の持ちようであると。

―― 佐藤
気の持ちよう、そう言われてしまえばそうですね。

―― 湯浅さん
この個人的で主観的で暫時的なものをどう扱うか。いろいろ端折った説明になってしまいますが、簡単に言えば、関係の在り方ということ。その関係の在り方を考慮して、居場所づくりをやってきたわけです。

―― 佐藤
湯浅さんと入口は違いますが、僕も近い考えです。防災の観点では、どうすると災害が起きるかというと、脆弱性とハザードが重なった時です。砂漠の真ん中で震度7の地震が発生しても災害にはならないけれど、東京で震度7が起これば大災害になる。ハザードが起きてしまうのは防げない、だからその脆弱性を小さくしようと『フェーズフリー』が生まれるのですが、その前までは「備える」ことにコストをかけてきた。でも居場所とか子ども食堂と一緒で、ふだんの暮らしの楽しさとか豊かさの中で脆弱性を小さくしていくことが重要だと思っているんです。

―― 湯浅さん
脆弱性を削減するときに、客観的・主観的という2つの側面があって、客観的の方は耐震強化などのハード面だったり経済的な支援といった話。それは分かるのですが、では主観的な側面とは何かと聞かれると、何でしょう?

―― 佐藤
主観的な側面とは、僕はまさに脆弱性そのものだと考えています。脆弱性って一体何かを突き詰めると、それらを生み出したのは何か、つまり人であるというところに行き着きます。

―― 湯浅さん
それは人々が便利を求めて、むしろリスクを高めてしまっているといったようなこと?

―― 佐藤
リスクを高めようなんてもちろん思っていませんが、でもその結果につながっている要因を考えると、結局のところ脆弱性って人から生まれるんですよね。脆弱性を生みだしているのは知らない何かではなく、我々人間なんです。

―― 湯浅さん
脆弱性を、ソーシャル・キャピタル(人と人の関係性やつながりを資本と見なす概念)として見ているわけですね。

―― 佐藤
孤独感とか幸福感も誰かが生みだしているのではなくて、その人自身が生みだしているわけです。だから孤独とか居場所や幸福感が足りないという脆弱性には、社会というよりも人にアプローチしなくてはという気がするんですよね。

―― 湯浅さん
そうですね。居場所というのも、その場に行きましょう、人とつながりましょう、いっぱいコミュニケーションしましょうということだけではありません。例えば学校に行けなくなったある子に本当に必要なのは、おもちゃかもしれないし、ハーモニカかもしれない。それも居場所である、という考えなんです。

―― 佐藤
脆弱性が生まれる本質的な原因を減らすため、あるいは起こった被害をできるだけ小さくしようとして『フェーズフリー』がありますが、同じように貧困を小さくしようと子ども食堂が存在します。でも、生まれ続ける貧困問題そのものを無くさない限りゴールはないのですよね。この問題をなんとかしないことには、僕と湯浅さんの人生は終われないんじゃないかと思っていて……。

―― 湯浅さん
(笑)。

―― 佐藤
今日の対談で僕が湯浅さんに聞きたかった大きなテーマなのですが、「湯浅誠がいた社会といなかった社会の違いとは?」と「湯浅誠がいなくなった未来はどうなる?」について聞きたいです。防災とか貧困といったカテゴリーを越えて、その根源的なところにアプローチする何かを見つけないと、僕も湯浅さんも死にきれないというか……(笑)。

―― 湯浅さん
死にきれないかどうかは分からないけど(笑)。

湯浅さんとの対談-3

実際の取り組みに加え、湯浅さん独自の考え方やとらえ方などについてお話しくださいました

『フェーズフリー』はまだ普及フェーズ。母数を増やしていく意識が重要

―― 湯浅さん
この世の中または社会に求められることを、潜在的もしくは無意識的にでも必要とされる形に落とし込んでいきたいとは思っているんです。うまく落とし込めるとそれを人々が求めていたことだと認識して、広がっていくはずです。でも、まだ見えていないっていうのが実情ですね。

―― 佐藤
僕もまだ見えていないんですけれど。すべての人が参加できるという具体的な活動というよりも、何か、概念のような気もするんです。

―― 湯浅さん
そう思います。意義づけとか価値とかね。

―― 佐藤
そうそう。しっかりとそこに行き着かないと、個人的には何のために生まれたのか、何のために生きているのか分からなくなってしまうんですよ(笑)。

―― 湯浅さん
それ、苦しそうですね。私、佐藤さんって苦しくないのかと勝手に思っていましたけれど。

―― 佐藤
いえいえ、苦しんでいますよ。振り返ってみて、湯浅さんが存在した社会としなかった社会では、何も変わらなかったと思いますか?

―― 湯浅さん
何も変わらなかったとは思わないですが、そんなに自分に影響力があるとも思っていないですね。何というのかな、僕にとって社会のイメージって、木箱の中のビーズみたいな感じなんです。日本で例えれば木箱の中に1億2千万のビーズがあって、それが一つひとつ影響し合って、一度でも同じ柄はなく振動している。その中で影響力があるということは、波を起こせるかということだと。

―― 佐藤
波紋を広げていくような。

―― 湯浅さん
そう、波を広げていく。そんな風に世の中をイメージしているのですが、それに対してインパクトをもたらしたいと思うと同時に、限界も感じています。だから自身は、行けるところまで行ければいいかなと。

―― 佐藤
湯浅さんは「貧困という問題を解決したいんだ」と、十数年前に明確に発信した。僕はこうしたい、僕はこんな社会をつくりたい、だから参加してほしいって言える人。それが湯浅さんだったと僕は思っているんです。

―― 湯浅さん
それは私だけじゃないですけど、でもそう言っていただけたら光栄です。

―― 佐藤
最近「『フェーズフリー』は誰に引き継ぐのですか?」とか「これからどうやっていくのですか?」とかよく聞かれるんです。僕は社会に引き継いでもらいたいんですけれど。

―― 湯浅さん
私もその感覚です。

―― 佐藤
昨年からフェーズフリーアワードの審査委員を務めていただいていますが、『フェーズフリー』についてはどのように感じていますか?

―― 湯浅さん
そうですね。まず純粋に参加していて楽しいということがありますし、多様なジャンルの方々が関わっているのが『フェーズフリー』らしいし魅力だと思います。

―― 佐藤
湯浅さんご自身の活動への影響はありましたか?

―― 湯浅さん
佐藤さんが繰り返しおっしゃっている、コストではなくてベネフィットのところから攻めるという発想は、自分の中で大きくなっています。

―― 佐藤
これからの『フェーズフリー』に期待することは何ですか?

―― 湯浅さん
まだまだ普及フェーズだと思っているんです。だからこそ、子ども食堂も同じですけれど、どんどん母数を増やすことが必要だと思います。「これは子ども食堂です」「これは子ども食堂じゃないです」みたいなことは、我々はやっていないのですが、『フェーズフリー』もまずは普及させていくことが重要だと考えています。

―― 佐藤
湯浅さんから見れば、それは子ども食堂とは呼べないと思っても、そう指摘はせずに、まずは広がっていくことを重視する。

―― 湯浅さん
そう、言わない。子ども食堂はまだインフラになっていないので、もっと量的に拡大した後に、質の問題をじっくりしっかり精査して行ければいいかなと。

―― 佐藤
なるほど、もう少しゆるく、間口を広くと考えることも重要ですね。今日もありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。

―― 湯浅さん
よろしくお願いします。

湯浅さんとの対談-4

対談を終え握手を交わす湯浅さん(右)と佐藤

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