株式会社三菱総合研究所 コーポレート部門統括室 副室長
須﨑 彩斗さん
(2025.5 実施)
写真・文:西原 真志

第1回フェーズフリーアワードから審査委員を務める須﨑彩斗さん
『フェーズフリー』の活動そのものが自律的になることが、オープンイノベーションにつながる
―― 佐藤
フェーズフリーアワードの審査委員で唯一、須﨑さんには2021年に開催された初回から携わっていただいています。5回目を迎え、どのような感想をお持ちですか?
―― 須﨑さん
そうですね、最近の審査委員会などは全員が慣れてきたこともあって意見も積極的に飛び交いますし、すごく雰囲気の良い中でフェーズフリーアワードが進んでいると感じています。
個人的には『フェーズフリー』とは何かを皆さんと一緒に考えてきて、最近は改めて "非常時" というものを注視しなければならないと思っています。『フェーズフリー』は "いつも" を良くするものであることはもちろんですが、"もしも" を考えることもやはり大切だと。
―― 佐藤
須﨑さんと5年にわたっていろいろな話をしてきました。非常時に対するソリューションもそうですが、"もしも" には無限のシナリオがあるという話も重要だという議論も重ねてきました。想定できない非常時という無限のシナリオには、無限の提案が必要になり、それを実現するのは『フェーズフリー』であって、またその無限のシナリオに対する無限の提案をしていくには、須﨑さんの本業である "オープンイノベーション" が不可欠だと。
―― 須﨑さん
そうですね。たしかに防災に寄りすぎてしまうとイノベーションが起きづらくなりますし、『フェーズフリー』でどのようなオープンイノベーションにつなぐのかはずっと大きなテーマでしたね。
―― 佐藤
まだまだだと思っていますが、どうしたらオープンイノベーションをもっと加速させられると思いますか?
―― 須﨑さん
これまでに積み上がってきたものが、何らかの成果としてより可視化できたらいいですし、さらに言えば、『フェーズフリー』の活動そのものが、もっと自律的になっていくことが必要なのでしょうね。佐藤さんやフェーズフリー協会が存在しない場所でも、自由闊達に『フェーズフリー』の活動が行なわれる社会になっていくことが理想ですし、それがオープンイノベーションにつながっていきます。
―― 佐藤
そのとおりだと思います。『フェーズフリー』を提唱したのは2014年で、11年が経過しました。フェーズフリーアワードも5年目になりました。現在時点は急速に広がり浸透している段階と感じているのですが、一見『フェーズフリー』のようだけれど実際はそうではない、"フェーズフリーウォッシュ" が増加し始めているのも今なんです。
―― 須﨑さん
これまでも追求してきた "『フェーズフリー』とはこういうことである" いうポイントと、"こういう視点で見ればたしかに『フェーズフリー』だ" など、多角的な視座から見ることが重要で、フェーズフリーアワードはまさにそのための場ですよね。
―― 佐藤
そうです。私自身は別に『フェーズフリー』を推進したいのではなくて、繰り返す災害を解決することが真の目的です。だから目指すは安心・安全な社会で、『フェーズフリー』は一つのアプローチでしかないわけです。備えられない人も含めて多くの人が自由に参加して、オープンイノベーションを起こしていく。そこが重要で、フェーズフリーアワードもその一つの手段です。
―― 須﨑さん
私も長くオープンイノベーションをテーマに活動していますが、その言葉が日本で使われるようになり10年ほどが経過した今、結局何にたどり着いたのか? と思うこともあるんです。『フェーズフリー』は言葉で終わってしまってはいけません。だから難しいのですが、"こういったものしか『フェーズフリー』と認めない" と言ってしまうと、広がりがストップしてしまいます。もちろん何でも良いにしてしまうのは避けなくてはいけませんが、その意味でも今はフェーズフリーアワードのような場で見せて発信していくことが重要なのでしょうね。
―― 佐藤
そうですね。時代や社会の状況、あるいは技術の革新によって、『フェーズフリー』も変化していきます。理解度は深めつつも、『フェーズフリー』はずっと進化していく。そんな風にデザインしていこうと考えていて、"現時点での『フェーズフリー』とは何か? を提示する" のがフェーズフリーアワードなんです。
―― 須﨑さん
そうですよね、共感します。

須﨑さんの印象に残るフェーズフリーアワード受賞対象をお話しいただきました
"これも『フェーズフリー』" との気づきをもたらすフェーズフリーアワード
―― 佐藤
これまで5年にわたって須﨑さんにフェーズフリーアワードに関わっていただき、今回はこれまでの受賞対象で印象に残るものをうかがっていきます。
その時々の "現時点での『フェーズフリー』とは何か? を提示する" フェーズフリーアワードでの受賞対象ですが、普遍的な点も数多くあると思います。
―― 須﨑さん
はい。今回は大きく3つ、細かくは5つ選びました。
―― 佐藤
お好きなものから紹介してください。
―― 須﨑さん
まずは第1回フェーズフリーアワードのアイデア部門で、オーディエンス賞を受賞した『もくちくの森(※1:第1回受賞対象)』です。
―― 佐藤
地域循環や災害にも強い地域モデルを目指したアイデアですね。須﨑さんが選んだ理由を教えてください。
―― 須﨑さん
私にとっても初めてのフェーズフリーアワードでしたが、この受賞対象に出合ってこういったものも『フェーズフリー』なんだと驚きがあって印象に残っています。まさにそれがフェーズフリーアワードの意義ですけれど、エリアの多様な機能が日常時を充実させ、非常時の安心にもつながるというアイデアに、とても気づきを得たことを覚えています。
―― 佐藤
これまで工場だった場所を活用して、日常のにぎわいを生みだしていく。そのにぎわいの生みだし方にコミュニケーションやDIYなどいろいろなコンテンツが入って、それらが非常時にも役立っていくというユニークなストーリーですね。
―― 須﨑さん
そうそう。2025年という現時点の視点で見直してみても、改めていいなと思う点もたくさんあります。たとえば日本全国でインフラが老朽化して事故が起きていますが、ただ新しいものを生み出していくのではなくて、すでにあるものを活かしていくとか、維持してさらに良い価値を生みだしていくことが大事になっていますよね。
―― 佐藤
そうですね。
―― 須﨑さん
この『もくちくの森』は、そういった要素に目を付けて具体的に採り入れています。リサイクルとかスタートアップとか、フードロスの取り組みだとか、今求められる価値観のようなものをこのような場所で実践し実現していくのがすごくいい。このアイデアが出てもう丸4年が経過するわけですが、改めていいよねと思いました。
―― 佐藤
この『もくちくの森』って、オーディエンス賞だったのですね。
―― 須﨑さん
そう、賞としてはアイデア部門のオーディエンス賞です。
―― 佐藤
オーディエンスという『フェーズフリー』に関心を寄せている人たちの推しがあったからこそ受賞できたわけで、当時の審査委員は他を選んでいたというのも何か考えさせられるものがありますね。
―― 須﨑さん
そうなんです。木材の有効活用なども盛り込まれていて、森林産業のことも考えている。循環経済みたいなものを上手くこのなかで実現しようとしているのが、すごく良い提案だと実感しています。今更ですが、そのときに気づかなくてすみませんでした……という感じです(笑)。
―― 佐藤
私も同感です。
―― 須﨑さん
2つ目に選んだのは、『水循環型手洗いスタンド「WOSH」(※2:第4 回受賞対象)』です。能登半島地震などでも、都市型の中央集権ではなく地方分散型になったときに、本当に地方が成立するのか? というところが改めて問われています。能登でも、元に戻すコストと今後の生産性を考えた街づくりが懸案になっていますよね。水道や道路といったインフラは特に、分岐点に来ています。
※1 もくちくの森
https://aw2021.phasefree.net/award/pfaw2021i141/
※2 水循環型手洗いスタンド『WOSH』
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024b047/

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました
新たな視点が加わることで、『フェーズフリー』が生まれていく
―― 佐藤
インフラの分散を考えたときに、この上下水道に依存せず水利用を可能にする水循環型手洗いスタンド『WOSH』の存在意義があるということですね。
―― 須﨑さん
はい。水道や道路などのインフラは、すべてがつながって中央集中的にネットワークを構築してきたわけです。でもそうではなくて、この場所、その場所で成り立つ水道システムとか、ここだけで成り立つ電気といった、小さな単位で成立していくインフラがこれから必要になっていきますよね。
―― 佐藤
たしかにそうですね。
―― 須﨑さん
その意味で、今を象徴しながらも新しい時代を感じさせるプロダクトだと感じました。
―― 佐藤
排水の98%以上をその場で再生・循環利用できるので、日常時には飲食店や商業施設、オフィスや医療現場など、さまざまな場所で便利にムダなく活用できます。そうすると当然ながら非常時にも同じように、『WOSH』のようなプロダクトはさまざまな場所で活躍してくれます。人口が減少していく場所など投資しにくいエリアでも、独立して分散型のインフラとして確立できたらいろいろな可能性が広がります。
―― 須﨑さん
新たなテクノロジーによって、従来はネットワークを広げ物理的なエネルギーを投入しなければ実現できなかったことが、地域ごとにできるようになっていきます。
―― 佐藤
水道だけでなく電気やガスなど、いろいろなライフラインがありますが、分散型になっていくと利便性も非常時の安心にもつながります。
―― 須﨑さん
公共事業として、インフラやライフラインに関する取り組みは不可欠です。でも、たとえば現在はペットボトルの飲み物は手に入りやすいので、それを前提とした水道システムだとか、今のライフスタイルを鑑みたシステムの構築が必要だと思います。風呂や洗濯などの生活用水のすべてが、飲める水である必要があるのか? と。そういったことを考え、変えていくことで、街づくりも暮らしも、さらには人々のマインドだって変化していくことになります。
―― 佐藤
空には太陽が照っているし、雨だって降り注ぐ。そういった恵みをそれぞれの場所で上手に活用していけたら理想ですね。
3つ目の受賞対象もご紹介ください。
―― 須﨑さん
3つ目は、3つあります。『明治ほほえみ らくらくミルク(※3:第3 回受賞対象)』と『洗口液 モンダミン(※4:第3 回受賞対象)』そして『アイラップ(※5:第4 回受賞対象)』です。
―― 佐藤
共通点が何かあるのでしょうか?
―― 須﨑さん
そうですね。どれも既存の商品ですが、非常時から日常時を見つめ直したものと、その逆で日常時から非常時を見つめ直したものです。
―― 佐藤
なるほど、『明治ほほえみ らくらくミルク』を選んだ理由は?
―― 須﨑さん
実はもともと『らくらくミルク』は、災害用に使われることが多かったんですよね。
―― 佐藤
そうです。備蓄需要が多かったところを明治さんのマーケティングチームが、ふだん役に立つという点を発信しました。非常時にももちろん役立ちますが、それ以前に、日常時に育児の労力を低減したり、家族の子育てへの参画を促すなど、そういった価値を明確に描いたんですね。そこから共感が広がっていきました。
―― 須﨑さん
そのストーリーがすごく大事だと思っています。だからいろいろなきっかけがあっていいんですね。非常時のためにつくったものだけどふだん便利に使えるとか、逆に日用品だけど非常時の安心や安全につながる使い方ができるとか。『フェーズフリー』でずっと言い続けていることですが、日常時と非常時がフリーになっていて、それが象徴的に現れていると感じました。
―― 佐藤
また、備蓄のままだと在庫も少ないままですが、市場が広がり生産量も増えたので、それだけ安心にも直結しています。実際に能登半島地震の際にもいろいろな被災地に配布され、普及していることの重要性が実証されました。
―― 須﨑さん
今度は『らくらくミルク』とは逆の見方といいますか、日常時の良さを突き詰めていったら、非常時にも活用できるとわかったのが『モンダミン』です。
―― 佐藤
暮らしにおいて、どんな状況でも衛生面は常に重要ですね。
―― 須﨑さん
ふだんはもちろん、非常時に水が使えない状況で口の健康を維持するのに、歯磨きほどではないかもしれないけれど、少なくともその代替になるというのは気づきでした。
―― 佐藤
使用後に水で口をすすがなくてよいので、それも大きな利点ですね。
―― 須﨑さん
『アイラップ』も同じように日常的に便利に活用される商品ですが、『フェーズフリー』という視点が加わって、いろいろな人たちが非常時における活用方法を発信しました。
―― 佐藤
両方ともに、ふだん使っている商品を見つめ直したら「非常時にも役立つ」と気づいた例ですね。
―― 須﨑さん
そう。そんなふうに、いろいろなパターンがあるってこの3つの受賞対象から感じたんですね。『フェーズフリー』を開発しようとして生まれたわけではなくても、視点が加わることで『フェーズフリー』になっていく過程がおもしろいですよね。今後のフェーズフリーアワードでも、どのようなアイデアと出合えるのか、今から楽しみです。
―― 佐藤
ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。
―― 須﨑さん
よろしくお願いします。
※3 明治ほほえみ らくらくミルク
https://aw2023.phasefree.net/award/pfaw2023b024/
※4 洗口液 モンダミン
https://aw2023.phasefree.net/award/pfaw2023b036/
※5 アイラップ
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024b001/

対談を終え笑顔で握手を交わす須﨑さん(右)と佐藤
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