フェーズフリーアワード2024 実行委員長
株式会社フォース・マーケティングアンドマネージメント
岩田 彰一郎さん
(2024.7 実施)
写真・文:西原 真志
「数学で社会課題を解決」と「数学の可能性」を追求する
―― 佐藤
この対談も3回目となり今回は趣向を変えたいと思いまして、岩田さんのふだんの仕事に触れたいといいますか、岩田さんが支援する企業で『フェーズフリー』と何か共通点を持つ取り組みがあるのはないかと思い、今回ご相談しました。
―― 岩田さん
私が立ち上げた株式会社フォース・マーケティングアンドマネージメントでは、いろんな分野のベンチャーのサポートを手がけていますが、佐藤さんから相談を受けて頭に浮かんだのが、Arithmer(アリスマー)株式会社でした。
―― 佐藤
どのような会社なのですか?
―― 岩田さん
数学で社会課題を解決する会社です。現代数学を応用した高度AIエンジンの開発とか、安心・安全な社会インフラシステムの実現など、人と社会と環境への貢献につながる技術を提供している企業ですね。手法こそ違いますけど、社会課題を解決するという志は『フェーズフリー』と共通していますよね。
―― 佐藤
そうですね。岩田さんはアリスマーの社外取締役として活動していますが、どのような経緯でサポートをするようになったのですか?
―― 岩田さん
私が携わっている、「日本クリエイション大賞」という活動があります。より豊かな生活文化の創造に貢献したクリエイション・ワークを顕彰する取り組みですが、そのご縁でアリスマーと出会い、数学で社会課題を解決するという代表の大田さんの想いに共感して、一緒に取り組んでいくことになりました。詳しくは大田さんにご紹介いただきましょう。
―― 大田さん
よろしくお願いします。アリスマーは先ほど岩田さんにご紹介いただいたとおり、「数学で社会課題を解決する」を掲げ活動している会社です。具体的な中身をご紹介しますと、数学のコア要素技術をベースに製造AI、風力AI、インフラAI、物流AI、リテールAI、バイオAI……など、さまざまな最先端のAIエンジンを駆使したソリューションのほか、これらに生成AIを組み込んだソリューションなどを開発し提供しています。
―― 佐藤
大田さんは、アリスマーの代表であると同時に、数理科学の博士であり元々は東京大学の教授でもあった。どうして起業して、数学で社会課題を解決しようと思ったのですか?
―― 大田さん
ずっと数学が好きで携わってきたのですが、大学時代に一度、数学を諦めたことがあったんです……。数学って面白いけれど、就職することが難しいと言われて……(笑)。
―― 一同
(笑)
―― 大田さん
それでコンピューターサイエンスの世界に入って、メーカーの研究所にも在籍しました。コンピューターサイエンスはAIの元々の潮流ですけれど、そこを突き詰めれば突き詰めるほど、数学が重要だということに気づいたんです。新しいAIをつくるには、数学をしっかりと身につけないとできないと分かった。それで数学科に入り直して、博士になって教授になりました。
―― 佐藤
一度社会人になってからあらためて数学の道に戻り、そこから数学で社会課題の解決を志していくわけですね。
―― 大田さん
数学の世界に戻って、痛感したことがあるんです。AIが日進月歩で世の中を変えようとしている時に、欧米や中国などはそこに数学が非常に大切だと気づいているのに、日本はそうではなかった。日本では数学は好きだけど、結局仕事にできないから離れていく学生が本当に多かったんですよね。将来AIがベースとなる社会になった時に、きちんとした数学を身につけた人材がいなくなってしまうのではないかと、危惧を感じました。
―― 佐藤
そうなのですか……。数学で社会課題を解決するという志があって、それを具体的に形にしていく姿を提示することで、日本の数学のボトムアップというか、数学の素晴らしさを伝えていくということですね。
―― 大田さん
おっしゃるとおりです。
―― 岩田さん
だから、この会社で20名以上の博士たちが数学に向きあいながら働くことができるというのは、いろいろな意味で貴重なんですよね。
災害の多い日本こそ、新しい技術とか、人をアシストするAIが進化する可能性を秘める
―― 佐藤
社会課題の解決という話ですが、具体的にはどのようなテーマに取り組んでいるのですか?
―― 大田さん
浸水のシミュレーションやエネルギー関係が最初でした。例えば山や海の上など厳しい環境に設置された風力発電において、人力ではなかなか対応できないエラー情報を、AIで素早く検知し対策するといったことです。
―― 佐藤
維持管理が困難な状況で、どう適切に実施していくかAIの力でサポートするということですね。
―― 大田さん
そうです。
―― 佐藤
そうやって考えていくと、社会課題って無限に存在しますよね。そんないろいろある社会課題を、アリスマーではどう抽出しているのですか?
―― 大田さん
岩田さんとのご縁で大手メーカーのスマートファクトリー化なども手がけているのですが、基本的にまず求められるのは、最適化なんですね。でも最近は変化が生じていて、最適化からその先の安全対策にまでつなげていくという取り組みが増加しています。
―― 佐藤
安全対策のアラートはどう出すのですか? AIで判定していくのですか?
―― 大田さん
例えば、多くの工事現場に分厚い安全対策の冊子が置かれていますが、あまり読まれませんよね。その本がなくてもAIがあれば、今日の活動内容をきちんと知っていて、さらにその業務に関わるさまざまなリスクを検索してアラートを出してくれるわけです。つまり業務の最適化に使おうとしていたものが、個々のテーラーメイドの安全を伝えるようになって、分厚い冊子を読まなくてもその場その時の安全対策を実現してくれるんです。とても『フェーズフリー』的じゃないですか?
―― 佐藤
そうですね。人が想像できないいろんなリスクに対する想像の壁のようなものを、AIによって越えてあげられるということですね。
―― 大田さん
人間って自分の都合のいい方に考えがちですが、その想像や考えを越えて、客観的かつ的確に指示できるのがAIだということですね。
―― 岩田さん
すごく『フェーズフリー』ですよね。
―― 佐藤
まさに『フェーズフリー』です(笑)。
―― 岩田さん
人って実は、AIに指示されて動くのはあまり心地よく感じないんです。以前、配送ドライバーのルートをAIで検証したのですが、ベテランのドライバーは特にAIに言われたとおりに動くのは馬鹿らしいと話していて。一方で、純粋にロボットとか形のあるものが「こっち行った方が早くて安心だよ」って言ってくれたら素直に受け入れられると。概念としてのAIに指示されるのではなく、自分の良きバディみたいな存在であることが大切なんですね。
―― 大田さん
そういった存在がふだんの選択肢にいろんな良いレコメンドをしてくれて、加えて安全に対する情報を提供してくれたら、誰でも受け入れやすいし、社会課題の解決に自然とつながっていくと思います。
―― 佐藤
今の話を聞いて難しいと感じたのは、非常時のシナリオって無限だということです。無限のシナリオに対してはやはり無限の解が必要で、それをどのようにAIで紡いでいくのかが重要で難しいと思うのですが、何か大田さんが考えていることはありますか?
―― 大田さん
例えば何千ページにわたる安全ブックがあったとします。それは無限のうちの一部ですね。でもまずはその中から的確に指摘してくれるのが今のAIです。そういった一つひとつをクラウドに吸い上げて、そこからさらにそれぞれにフィードバックしていくような、そんなイメージのシステムを構築しているところです。
―― 岩田さん
災害の多い日本こそが、そういう新しい技術とか、人をアシストするAIとかクラウドという部分が、最も進化する可能性を秘めていると感じますよね。
迫り来るさまざまなリスクに対して、スピードとパワーがさらに重要に
―― 佐藤
『フェーズフリー』は備えられる人だけでなく、備えられない人にまで安心・安全を届けることが重要なコンセプトですが、それと同じくアリスマーが提供するビジネスが、特定の人や企業だけでなく、もっと広く社会課題を考えた時に、どうやって浸透させていこうと考えていますか?
―― 大田さん
裾を広げてスケールしていくしかないですね。岩田さんに教えていただいたのですが、「トップピン戦略」を重視しているところです。
―― 佐藤
「トップピン戦略」とは?
―― 岩田さん
企業でも業界でも、まずはその分野のトップの人を巻き込んでいくことです。そこから少しずつ広げていくことによって、多くの人に伝播していく。またそれによって母数が増えて、コスト減にもつながる。コスト減によって、多くの人々が利用しやすくなるという構図です。
―― 佐藤
なるほど。
―― 岩田さん
優秀な頭脳が構築したアルゴリズムや数式は、広がって世の中のインフラになっていくし、それがまた日本の競争力が低下しているといった社会課題の解決にもなっていきます。同時に、ビジネスとしての大きな可能性もあるんです。社会課題を解決しながらビジネスとしての成長拡大も目指す、そういうモデルにまさに今変わろうとしている段階に来ています。
―― 佐藤
多くの人たちが参加するのに、コストではなくバリューにいかに変えていけるかということですね。
―― 大田さん
はい。その意味では、あきらめてしまっている人や興味のない人にまで自然と広がっていくと、本当に『フェーズフリー』に近づいていくのかなと思いますね。
―― 佐藤
そうなんですよ。これまで "備える" という "解決策" の提案がほとんどだったため、利用しない・利用できないという人が存在するジレンマがありました。だから僕は社会課題を解くには解決策ではなく、参加策が大切だと考えたわけです。人々がいかに参加できるかという策を描かない限り、いくら解決策を提示しても変わらないと。そこで、コストで提案していた防災から、バリューで提案する『フェーズフリー』が誕生したんです。
―― 岩田さん
バリューとして広がっていったら、日本社会も変わるし、自然と安全性も増していく。今日話をしていて、アリスマーの志と『フェーズフリー』は同根だとあらためて実感しました。
―― 佐藤
本当です。すごく面白かったです。今回のフェーズフリーアワードもよろしくお願いします。
―― 岩田さん・大田さん
ありがとうございました。
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