『フェーズフリー』は"いつも"と"もしも"をつなぐ未来の防災

兵庫県立大学大学院 減災復興政策研究科 教授

阪本 真由美さん

2022年の第2回フェーズフリーアワードから審査委員を務める阪本真由美さん(以下:阪本さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による対談がおこなわれました。今回は、国際政治や減災復興政策などの分野に関する豊富な知見や、国内の被災地・世界の紛争地での経験を有する阪本さんに、自身の著作のことやこれまでのフェーズフリーアワードで印象に残る受賞対象などについてお話しいただきました。
(2025.3 実施)

写真・文:西原 真志

阪本さんとの対談-1

第2回フェーズフリーアワードから審査委員を務める阪本真由美さん

"想定の呪縛"から逃れるための『フェーズフリー』

―― 佐藤
阪本さんの新著『阪神・淡路大震災から私たちは何を学んだか:被災者支援の30年と未来の防災(慶應義塾大学出版会)』を読みました。30年目となった阪神・淡路大震災のことだけでなく、阪本さんがこれまで考えてきたことが詰まった内容だと感じましたが、なぜこのタイミングでこのテーマにしたのでしょうか?

―― 阪本さん
私自身の国際協力や被災地支援の経験からみて、「阪神・淡路大震災の失敗とは何だったのか?」と聞かれることが多くあったんですね。それで"失敗"や"支援"をキーワードに考える内容にしました。

―― 佐藤
阪本さんのヒストリーというか、バックグラウンドである国内外の被災地や紛争支援の話、それから阪神・淡路大震災の何が失敗だったのかをまとめようという考えだったのですね。

―― 阪本さん
はい。「大震災の原因は何だったのか?」を追求して、それをベースにしてこれから先の防災を考えるということです。

―― 佐藤
この本を著して改めて阪本さんが考える、被害の要因って何でしょうか?

―― 阪本さん
やはり、"想定の呪縛"から逃れられない点でしょうね。想定の枠の中で考え、想定に対して詳細に計画を立てて体制を構築する。結局"想定外"が発生して、想定を超える状況に対しては何も備えられていないということは、今も変わらずに起きています。

―― 佐藤
たしかにそうですね……。想定できるものに対して備えるという範囲だと、結局限られた備えしかできないですが、想定外は無限にあって、それに対してどうしていくのかが問題です。

―― 阪本さん
そうです。災害はそもそも、想定外のものなんですよね。

―― 佐藤
そうそう。元々想定外で、その無限にある想定外のシナリオに対して、すべてに対策できる明確な一つの解答というものはないんですね。だから被害が繰り返されてしまって、私たちも繰り返し無力感にさいなまれてしまう。そういった無限のシナリオに対して応えるアプローチとして、『フェーズフリー』があるのだと思っています。

―― 阪本さん
なるほど。

―― 佐藤
あらゆるものの付加価値として日常時の豊かな暮らしを描きながら、同時に非常時にも役に立つ。"想定外"という無限のシナリオに対して、無限の提案を可能にするのが『フェーズフリー』なのだと考えているのですが、阪本さんはどう思いますか?

―― 阪本さん
そのとおりだと思いますよ。災害に備えるって、すごくパワーがいるように感じがちですけれど、そうじゃない。私でも、子どもでも高齢の方でも、『フェーズフリー』には個人レベルで参加できる。それが今、幅広く浸透していっている理由なのだと思いますね。

―― 佐藤
阪本さんの著作にも『「いつも」と「もしも」をつなぐ未来の防災』という章で、『フェーズフリー』について明記いただきました。

―― 阪本さん
はい、私がふだん接している防災に携わる人たちの間でも、『フェーズフリー』はパワーワードになっている感じでして(笑)。話題としてはもちろん、委員会とか研究会などでも頻出するキーワードになっていますね。

―― 佐藤
要は、「どうして災害は繰り返されるのだろう? 何が失敗で何が課題になっているのだろう?」とかを考えていくと、『フェーズフリー』の可能性のようなものを感じてもらえるのでしょうかね?

―― 阪本さん
例えば防災庁が"本気の事前防災"に取り組むと発信していますが、本気の事前防災って『フェーズフリー』だと思うんですね。いつもの暮らしを良くしていくことが、もしもの暮らしも良くしていくことにつながる。それがまさに『「いつも」と「もしも」をつなぐ未来の防災』ということなのだと思います。

阪本さんとの対談-2

阪本さんの近著『阪神・淡路大震災から私たちは何を学んだか:被災者支援の30年と未来の防災』を手にさまざまなお話をしてくださいました

日常時から非常時に変わる瞬間は明確にあっても、非常時から日常時への分かれ目はない

―― 佐藤
"災害"という言葉からは、一般的には阪神・淡路大震災や東日本大震災のような大きな災害を想起してしまいます。だから僕は"災害"ではなくて、"非常時"という言葉を使うんです。「つまずいて転ぶ」といったことも、非常時の一つです。

―― 阪本さん
たしかに災害というと、すごい被害をイメージしてしまいますね。何かしらの被害が発生すると、非常時に入る。日常時から非常時に入るタイミングは明確で理解しやすいですが、逆に、非常時から日常時に移行するタイミングは判断が難しいなと思っているのですが、佐藤さんはどう感じますか?

―― 佐藤
そうなんですよね。『フェーズフリー』でとらえる非常時側のフェーズは、「早期警報」や「災害発生時」、「被害評価」や「復旧・復興」などですが、阪本さんのおっしゃるとおり非常時の明確な終わりはありません。社会的には復興を遂げて日常を取り戻したとされても、その中で未だ非常時のままという人も多く存在します。

―― 阪本さん
先日、トルコの学生と一緒に、1999年のトルコ地震で被害を受けた方がその後どう暮らしたのかというヒアリングをおこないました。25年以上経過していますが、新たな生活をしている方もいれば、未だ被害を受けたままという気持ちで暮らしている方もいる。非常時から日常時への移行が分からない方がいると感じました。

―― 佐藤
そうですよね。また違う視点では、戦争だって一つの災害ですが、現在は戦後でありながらいつの間にか戦前のようにもなってきている。今の世の中を見渡しても、日常時と非常時を明確に分けるラインは無いように感じますね。よく考えてみると"日常時" "非常時"と分かれてなどはいなくて、元々フェーズはフリーなのかもしれません。

―― 阪本さん
そうそう。だから"いつも"も"もしも"も大事にする『フェーズフリー』が必要になっているんですね。

―― 佐藤
阪本さんに今回、そんな『フェーズフリー』を表すような、フェーズフリーアワード受賞対象から印象に残るものを3つ選んでいただきました。ご紹介いただけますか?

―― 阪本さん
はい。今回は進化しつづけていることを感じる『フェーズフリー』をテーマに選んでみました。一つ目は『子ども食堂防災拠点化事業(※1:第3回受賞対象)』です。

―― 佐藤
愛媛県・宇和島での取り組みを、阪本さんが推薦してくださいましたね。

―― 阪本さん
そうです。影響力がつながるじゃないですけれど、宇和島の子ども食堂は2025年2月に宇和島市と防災協定を締結して、本格的に市が運営するようになりました。

―― 佐藤
そうなのですか。審査委員の皆さんが特に共感したのは、非常時に役に立つというのはもちろん分かるのですが、そもそも日常的に宇和島の地域を豊かにしているという点でした。ふだんの笑顔を増やして地域を守ったりつなぐなど、暮らしをアップデートする取り組みが、非常時にも役立ち活躍することに直結するという。

―― 阪本さん
そうそう、そこに気づいてすごく共感がありましたね。

―― 佐藤
フェーズフリーアワード審査委員の湯浅誠さんが、全国こども食堂支援センター・むすびえで、日本全国に広げていますね。

―― 阪本さん
子ども食堂が不要な社会になることが望ましいのかもしれません。子どもたちの食の問題や、非常時の子育てなどの話はこれまであまり検討されてきませんでした。でも、そこに必要性があったということですね。東日本大震災の後にも子ども食堂が生まれて、その経緯を聞くと、災害時の食の問題はもちろんのこと、ふだんから十分にご飯を食べられない子どもに安心できる居場所や食べ物を提供しているところが多かったんですね。"いつも"を"もしも"につないだ、すごく良い事例だと思います。

阪本さんとの対談-3

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました

現在進行形で進化をつづける『フェーズフリー』

―― 佐藤
子ども食堂がこれだけ広がってきたのは、防災面や子どもたちの貧困支援というだけでなく、地域の人たちがつながる大きなきっかけにもなっているからでしょうね。だから貧困などに関係なく、子ども食堂で誰でも時間を過ごすことができて、そこでいろんな人とつながることもできる。

―― 阪本さん
そうそう。誰かがおやつを持ってきて、年齢を越えて一緒に話し笑って、つながりができていく。良いですよね。

―― 佐藤
子ども食堂が、本当に地域の結節点になっていくのですね。つながる基点になっていて、日常から人々の暮らしを豊かにしています。

―― 阪本さん
これから子ども食堂はもっと増えていくと思いますが、大規模なものではなくても、小さな子ども食堂を地域に一箇所ずつつくって増やしていけたら理想ですよね。

―― 佐藤
本当にそうですね。
もう2つ印象に残るフェーズフリーアワード受賞対象をご紹介いただきますが、個人的にはちょっと意外といいますか(笑)、今度は両方とも"モノ"なんですね。

―― 阪本さん
意外ですか(笑)。一つは『ソーラーランタン CARRY THE SUN®(※2:第2回受賞対象)』です。これはデザインが本当にステキでお気に入りです。そんな話をしていたら、「私も持っている」という人が私の周りにもたくさんいました。どちらかというと『フェーズフリー』だからというよりも、便利だとか、おしゃれだから買ったという人が多くいました。友人の家に遊びに行ったときもサイズやカラーの違うものがそろっていて『CARRY THE SUN®』すごいっ! って思いました。

―― 佐藤
ソーラー充電式で防水機能もあるから屋内外で使えますし、パーティとかでも活躍しているのですかね。

―― 阪本さん
デザインも雰囲気も良いので、パーティでも雰囲気があって大活躍でしょう。ほかにもクルマに積んでいるとか、いろんな使われ方をしていておもしろいと思いました。

―― 佐藤
ランタンなのにペシャンコに畳めるし電源もいらないから、日常使いにも非常時への備えにも便利ですね。ラストにご紹介いただくのは、『ルームシューズ「room's PLUS+」(※3:第3回入選対象)』ですね。こちらの選定理由も教えてください。

―― 阪本さん
スリッパもいろんなタイプのものがあり、興味を持っているんです。これは"いつも"の面ではデザイン性が高くて心地よくはけて、"もしも"の面ではガラスを踏んでも大丈夫だし、軽量で滑りにくいソールなのでそのまま避難することができる点が気に入っています。コップ等が割れたときに踏んでも安心ですし。災害時にはガラスで怪我をする人も多いので、いつも使っているスリッパをそのまま屋外にもはいていけるというのは、とても心強いですね。

―― 佐藤
たしかにそうですね。

―― 阪本さん
先ほどの『ソーラーランタン CARRY THE SUN®』やこの『ルームシューズ「room's PLUS+」』、それからフェーズフリー認証を取得しているエース株式会社さんの高機能ビジネスリュック『ガジェタブルPF(※4)』など、日常時・非常時に着目しながらもデザインが進化しているのがうれしいですよね。

―― 佐藤
『フェーズフリー』はコストとしての提案ではなくて、人々の暮らしのバリュー(価値)として提案しているので、デザイン面での価値もどんどん進化していくのでしょうね。『フェーズフリー』は暮らしの豊かさとか楽しさで実現していくので、これからもいろんなアイデアやデザインが形になっていくと思いますよ。

―― 阪本さん
そういった視点でも、これからが本当に楽しみですよね。『フェーズフリー』に関わらせていただいて4年が経過しましたが、現在進行形で進化していていつも感心しています。

―― 佐藤
ありがとうございます。今回のフェーズフリーアワードでも、どんな発見やおどろきに出会えるか楽しみですね。引き続きよろしくお願いします。

―― 阪本さん
こちらこそよろしくお願いします。

※1 子ども食堂防災拠点化事業
https://aw2023.phasefree.net/award/pfaw2023b030/
※2 ソーラーランタン CARRY THE SUN®
https://aw2022.phasefree.net/award/pfaw2022b021/
※3 ルームシューズ「room's PLUS+」
https://aw2023.phasefree.net/entry_work/pfaw2023b013/
※4 ガジェタブルPF
https://cf.phasefree.net/product/pf0322045/

阪本さんとの対談-4

対談を終え握手を交わす阪本さん(右)と佐藤

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