アイデアや行動の原点は "パワー・オブ・ラブ"

有限会社 znug design(ツナグ デザイン)クリエイティブ・コミュニケーター/CEO

根津 孝太さん

2023年の第3回フェーズフリーアワードから審査委員を務める根津孝太さん(以下:根津さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による対談がおこなわれました。クリエイティブ・コミュニケーターやプロダクト・デザイナーとして活躍する根津さんに、これまでのフェーズフリーアワードで印象に残る受賞対象などについてお話しいただきました。
(2025.4 実施)

写真・文:西原 真志

根津さんとの対談-1

第3回フェーズフリーアワードから審査委員を務める根津孝太さん

フェーズフリーアワード受賞は多様な価値をもたらす

―― 根津さん
今日は印象に残ったフェーズフリーアワード受賞対象についてお話しするとのことで、3つ決めてきました。

―― 佐藤
よろしくお願いします。ちなみに今年開催される第5回フェーズフリーアワードのテーマが「つながる」なんです。まさに根津さんの会社名です(笑)。受賞対象それぞれの魅力を改めてつないで、また新しい価値にできたらと思っているんです。

―― 根津さん
なるほど。フェーズフリーアワードも5回重ねてきたということで、それこそつながりが見えてきていると感じます。特に人と人のつながりが強くなってきていますよね。フェーズフリーアワード "アルムナイ(卒業生、同窓生)" じゃないですけど、関係者同士や受賞者同士がつながり支え合うのはいいですよね。

―― 佐藤
そうなんです。いろいろつながって、さらにいろんな動きに広がっていったらいいなと思っているところです。
それでは、印象に残る受賞対象を教えてください。

―― 根津さん
そういった視点でセレクトしたわけではないのですが、一つ目は『オフグリッドモバイルベース(※1:第3回受賞対象)』です。

―― 佐藤
アイデア部門での受賞対象で、トヨタ(トヨタ自動車株式会社)さんのベンチャープロジェクトが生みだしたアイデアですね。根津さんが評価しているのはどのあたりでしょうか?

―― 根津さん
空間が移動して、"いつも" はにぎわいを生みだして、"もしも" の際には必要な場所で安心な場所を提供するという考えそのものがもちろんすばらしいのですが、佐藤さんが今おっしゃったトヨタという一つの企業の中でのベンチャー的なプロジェクトが生みだしたという点にも価値があると思っています。さらに言えば、フェーズフリーアワードで受賞したことでプロジェクト自体に弾みがついたり、また『フェーズフリー』という視点が加わることで横のつながりが広がったり、より多くの人に理解してもらいやすくなるなど、プロジェクトとしても次のフェーズに行きやすくなったのではないかと思っているんです。

―― 佐藤
なるほど。私も最初パッと見たときには「 "移動する空間" は便利そう」程度の感想だったのですが、理解していくと汎用性が高くて日常時にも非常時にも柔軟に活用できて、本当に『フェーズフリー』だと思いました。

―― 根津さん
"いつも" と "もしも" が明確に定義できますよね。それぞれのニーズにきちんと応えている。

―― 佐藤
そうですね。このように、日常の多様な提案ができるシンプルでフレキシビリティの高いデザインは、実は非常時にも多様な状況に対応していけるということを明らかにしてくれていますね。

―― 根津さん
そのとおりですね。まさに『フェーズフリー』なデザインですね。

―― 佐藤
このプロジェクトって、その後どうなっているのですかね?

―― 根津さん
実物をつくってイベントで展示したりとか、チームとして力を入れて進化を続けていますよ。

―― 佐藤
実物をぜひ見に行きたいですね。
続いては、高校生たちがGoldを獲得した受賞対象ですね。

―― 根津さん
そうです。栃木県矢板高等学校 農業経営科 農業技術部の学生さんたちのアイデア『livestock shelter(※2:第4回受賞対象)』です。学生さんのプレゼンテーションを見ていて、感動して泣いちゃいました(笑)。

―― 佐藤
僕も、うるっと来ていました(笑)。

―― 根津さん
高校生たちが非常時における家畜動物の命を守ることにまで思いを巡らせて、システムを構築することにも当然意義があります。それだけでなく、そのアイデアやがんばりがフェーズフリーアワードでGoldを受賞することで、これからいろいろな広がりにつながるんじゃないかと思うんです。そこにアワードというものの価値を感じて挙げさせていただきました。

―― 佐藤
"つながり"というキーワードで言えば、あの学生さんたちも先輩たちからずっと思いを受け継いで育ててきたわけです。

―― 根津さん
そうですよね。地域の方とかも含めて。

―― 佐藤
そうそう。いろんなヒトやコトやモノがつながっているという事例ですよね。

―― 根津さん
そのアイデアも取り組みもまさに『フェーズフリー』で、本当に感動しましたよ。

※1 オフグリッドモバイルベース
https://aw2023.phasefree.net/award/pfaw2023i029/
※2 livestock shelter
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024i106/

根津さんとの対談-2

独自の視点で印象に残るフェーズフリーアワード受賞対象をご紹介くださいました

"いつも" のQOLを上げることが、"もしも" の安心につながる

―― 佐藤
3つ目も教えてください。

―― 根津さん
佐藤さんと最初の対談で、僕が何かの例を挙げたときに「それはフェーズフリーじゃない」って言われたことがあったんです。何が『フェーズフリー』じゃなかったかというと、「ふだんのQOL(Quality of Life:生活の質)を上げていない」ということだったんです。指摘されてなるほどと思いました(笑)。

―― 佐藤
そうでしたっけ(笑)。

―― 根津さん
それもあって今回選んだのが、『アイラップ(※3:第4回受賞対象)』です。良い事例を示すことがそれぞれのリテラシーを上げることにつながると思うのですが、『アイラップ』はその視点で良い事例だと思うんです。

―― 佐藤
そうですね。"フェーズフリーリテラシー" を上げるのにとても良い事例かもしれませんね。

―― 根津さん
個人的にはフェーズフリーアワードそのものが、『フェーズフリー』のいわば "正解" を提示していることだと自負しています。なるほど、こういったことが『フェーズフリー』なのかと理解してもらったり、自分の考えていたのは『フェーズフリー』とは言えないんだなと気づいてもらったり。そんな機会なのだと思っています。

―― 佐藤
そうそう、おっしゃるとおりです。

―― 根津さん
『アイラップ』のおもしろいところは、これまでもずっと存在していた商品だという点です。なんなら生活になじみすぎていたくらいで。

―― 佐藤
そうですよね。

―― 根津さん
『アイラップ』の機能は変わっていないのに、『フェーズフリー』という眼差しが付加されることで、日常時と非常時の両方に役立てられるという気づきにつながっていくんですね。その気づきが連鎖していって、いろんな活用方法が広がっていますよね。

―― 佐藤
ユニークなのは、製造している岩谷マテリアル(株式会社)さんが『フェーズフリー』だと気づいたのではなくて、消費者の方が先に「アイラップってフェーズフリーだよね」と気づいて、いつもともしもの活用法などがSNSで広がっていったことです。

―― 根津さん
その点もおもしろいですよね。その製品や使われ方を通して『フェーズフリー』を知ってもらい、理解にもつながるという。

―― 佐藤
あたかも環境に配慮しているかのように見せて実はそうじゃないという "グリーンウォッシュ" という言葉がありますが、最近は『フェーズフリー』が広がるうれしさを感じる一方で、"フェーズフリーウォッシュ" みたいなものも多くなっていて懸念点の一つになっているんです。

―― 根津さん
やはり "いつも" のQOLを上げつつ、"もしも" でもしっかりと役立つ、というのを今回のように事例とともに示していくしかないですよね。

―― 佐藤
そうそう。先ほど雑談の中で、根津さんは実家の近所に住んでいらっしゃると聞きましたが、それだって "いつも" と "もしも" の観点で言えば『フェーズフリー』ですよね。親御さんにしてみても、根津さんが近くにいることでふだんの暮らしが安心だったり便利になったりするでしょうし、それが必然的に "もしも" の際にも役立ちます。

―― 根津さん
ホント、『フェーズフリー』ですね(笑)。防災リュックを置いて終わりというのではなく、本当の意味で周りの人のQOLを上げていくことができれば、それこそ『フェーズフリー』と言えますね。

―― 佐藤
根津さんとしても非常時のために近くに居住しているのではないですよね?

―― 根津さん
ないです。佐藤さんがいつもおっしゃるように、災害だけが "もしも" ではなくて、健康面とかだって一つの "もしも" なんですよね。日常的な近いつながりが、いろんな面での "もしも" も支えることにつながっていると思いますね。

※3 アイラップ
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024b001/

根津さんとの対談-3

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました

最終目標は "良いつながり" や "良いコミュニティ" をつくること

―― 根津さん
プロダクトデザインを手がけたり、今話に出たように実家の近くに住んだりする中で最近強く思うのが、結局 "良いコミュニティをつくる" ことが僕の最終目標なのかなということなんです。

―― 佐藤
詳しく教えてください。

―― 根津さん
佐藤さんのオフィスでも元気にしているLOVOTをデザインしたりして思うのは、その家族やオフィスなどでかわいがられつつも、LOVOTを媒介として良いコミュニティが形成されていくことが、実は本当の目的なんじゃないかと思うんです。

―― 佐藤
おーすごい。

―― 根津さん
今日タミヤ(株式会社タミヤ)さんのロゴ入りTシャツを着ているのですが(笑)、そのタミヤさんのミニ四駆もそうで、製品が販売されればいったん終わりではありますが、そこから新しい旅立ちでお客さんやその先のコミュニティも含めた新たなドラマが始まっていくんですね。

―― 佐藤
たしかにそうですね。

―― 根津さん
自分のすべての活動において、"良いつながり" とか "コミュニティ" を求めているなと、最近感じているところなんです。

―― 佐藤
私の場合は、「フェーズフリーなコミュニティをつくりたい」という相談を多く受けます。そのときに考えるのが、これまでの根津さんとの対談でキーワードになっていた "理(ことわり)" なんです。この理を追求して "いつも" のコミュニティの豊かさを考えつつ、それが "もしも" にも役立つというのはどういうことだろう? と。

―― 根津さん
人間って結局一人で生きることはできなくて、これまでもコミュニティや社会を形成して生き抜いてきたわけですよね。だけど近年になって個人化みたいなことも声高に叫ばれていて、逆に多くの人が「本当にそれでいいのか」と感じるようになっていると思うんです。

―― 佐藤
歴史的に見れば、災害も戦争も、ずっと繰り返されてきています。でも根津さんのLOVOTもそうですけど、いろんなアイデアやテクノロジーが少しずつでもソリューションを生みだし、幸せをもたらしていると感じます。

―― 根津さん
そうですね。たとえ軍事用に開発されたテクノロジーでも、平和利用に転換するという想いを持つのも人間なのであって、より良い方向に向ける愛のチカラのようなものを、僕は "パワー・オブ・ラブ" と言っています。LOVOTも、「テクノロジーは人間を幸せにするか」という問いが出発点にありました。

―― 佐藤
"パワー・オブ・ラブ"。いいですね。私たちの暮らしを少しずつ幸せにする、「傾き」ですね。歴史を振り返ると、私たちの暮らしは良くなったり悪くなったりの「揺れ」を繰り返していますが、数百年単位で見ると、人々はやはりより幸せになれていると思うんです。それを生みだしているのが "パワー・オブ・ラブ" であり、「傾き」ですよね。

―― 根津さん
「揺れ」があることで、はじめて中心が見えてくることもあります。そこからどう傾けていくかということが大切で、どうせなら "パワー・オブ・ラブ" の方向に傾けていきたいですよね。

―― 佐藤
そう! まさに "パワー・オブ・ラブ" という「傾き」が、LOVOTのようなものを生みだして、暮らしを支え幸せをもたらしている。

―― 根津さん
『フェーズフリー』だって同じですよね。この活動が日本のような災害大国で生まれ世界に発信されることに意味があります。それがやがて世界の災害を救っていくのだと確信していますよ。

―― 佐藤
同感です。フェーズフリーアワードに限らず、これからもよろしくお願いいたします。

―― 根津さん
引き続きお願いします!

根津さんとの対談-4

対談を終えLOVOTを抱きながら握手を交わす根津さん(右)と佐藤

この記事をシェア