「フェーズフリー』は、従来の価値観を変えるチカラ

株式会社FEEL GOOD CREATION 代表取締役

玉井 美由紀さん

フェーズフリーアワードの審査委員を務める、株式会社FEEL GOOD CREATION 代表取締役の玉井美由紀さん(以下:玉井さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による対談がおこなわれました。社名が示すとおり、暮らしや社会をより豊かなものにする "FEEL GOOD" を追究し、CMFデザインの第一人者として幅広い活動を積み重ねている玉井さんに、これまでのフェーズフリーアワードで印象に残る受賞対象などについてお話しいただきました。
(2025.3 実施)

写真・文:西原 真志

玉井さんとの対談-1

第2回フェーズフリーアワードから審査委員を務める玉井美由紀さん

「つながりをデザインしていく」ことの大切さ

―― 佐藤
フェーズフリーアワードのテーマを決める際に、玉井さんとの対談からインスピレーションを受けることが多いんです。2025年の『「いつも」を良くする。「もしも」も良くする。「えがお」がつながる。』も玉井さんの対談からヒントを得ました。

―― 玉井さん
そうなのですか?

―― 佐藤
はい。前回の対談で、玉井さんがスタートした『SENSE-Laboratory(※1)』について話してもらいました。その際に、答えや正解の見えづらいサステナブルというゴールに向かっていく中で、「まずはつながりをデザインしていくことを重視している」っておっしゃっていたんですね。それはすごく『フェーズフリー』に共通する取り組み方だなと感じました。『フェーズフリーな社会をつくる』ことはもちろん目標ではあるけれど、まずは玉井さんと同じように「つながる」ことをテーマにしてみようと考えたんです。いろいろなものがつながった結果、自然と目標への道程が築かれていく。肩肘張らずに等身大で取り組んでいけると感じました。

―― 玉井さん
それは気づきませんでした。うれしいですね。

―― 佐藤
今ではいろんな『フェーズフリー』の芽が世の中に出てきていますが、それらを平面的にも立体的にも、時間的にも人の関係性的にもつなげていきたいと思っているんです。『SENSE-Laboratory』の活動はその後どのような感じですか?

―― 玉井さん
Webサイトは、3本柱から成り立っています。一つは共創して研究していく「LABORATORY」、二つ目はサステナブル素材のつくり手の想いを取材して伝える「MAGAZINE」、そして三つ目がサステナブル素材のデータベース「LIBRARY」です。最近はその情報の拡充に努めているところです。

―― 佐藤
サステナブルに関する情報は、玉井さんのつながりで発見して発信しているのですか?

―― 玉井さん
特に「MAGAZINE」では実際に取材してつくり手の想いやビジョンを含めてお伝えしているのですが、これまでのつながりも多少はありつつ、基本は新たに探してコンタクトして……という地道な作業を繰り返しています。現在は、どんどん広げていくフェーズですね。

―― 佐藤
大変ではありますけど、集まってきたらWebだけでなく展示会などでリアルに触れられるのが理想ですよね。

―― 玉井さん
おっしゃるとおりです。ただデータベースとして並べて展示というのではなくて、五感に訴えかけるような、フィジカルな部分での魅力とか価値が伝わるものにしたいです。まだ開催したいという気持ちの状況ではありますが、近い未来に魅力を発信したり、さらにはインスピレーションやアイデアの共有ができる場をつくっていきたいなと思っています。でも、なかなかビジネスにならないから難しいんです。

―― 佐藤
玉井さんは日本のモノづくりを応援したり、マッチングを叶える展示会『青フェス』や『CMF® TOKYO SENSE』も手がけてきた実績がありますよね。

―― 玉井さん
はい、それらの経験も踏まえて、やはり継続していくためのビジネス化を望みつつも、現実は難しいというのが実感です。

―― 佐藤
『フェーズフリー』も同様の課題を抱えつつも、フェーズフリーアワードやフェーズフリー認証など具体的な施策につなげてきました。そういったところはどうですか?

―― 玉井さん
そういったアクションも良いですが、今のところ縁がない感じですね。フェーズフリー認証などは実際どのように広がっていますか?

―― 佐藤
当初は個人的に、フェーズフリー認証の実施には反対の立場だったんです。しかし(フェーズフリーアワード実行委員長でアスクル株式会社の創業者の)岩田(彰一郞)さんから「民間企業が勝手にフェーズフリーを謳いにくい」「企業ごとのフェーズフリーが生まれてしまい社会に混乱をもたらす」といったご指摘をいただいたんですね。

―― 玉井さん
なるほど。

―― 佐藤
認証制度が始まる前は、大手企業さんやクリエイティビティの高い方々のみが『フェーズフリー』に参加する感じでした。それは『フェーズフリー』という概念がとても広かったため、具体的なアウトプットに適用することが容易ではなかったからです。しかし認証制度によって客観的で使いやすいルールをつくったことで、それまで参加できなかったような企業や団体にまで大きく広がっていきました。それは例えばサッカーに似ています。明確なルールがあるからこそ、その中でいろんなアイデアやクリエイティビティが発揮されていきます。それと同じように、フェーズフリー認証である程度の基準を示すことで、むしろ誰もが参加しやすくなってイノベーションも起きやすくなったと実感しています。

玉井さんとの対談-2

『SENSE-Laboratory』をはじめ、玉井さんの取り組みについて語っていただきました

まずは "みんなで考えてみよう" というプロセスを重視する

―― 玉井さん
『SENSE-Laboratory』では、価値の拡張といいますか、人のつながりとか共感を育てていって、そこから何かイノベーションが生まれたらいいと考えています。そのため、正解を示すことや、イノベーションを起こすことが本質的な目的ではないんです。

―― 佐藤
いろんなモノ・コト・ヒトをつないでいく "場" をつくることが目的と。

―― 玉井さん
そうです。私が言っていることや発信していることが絶対「正しい」と思っているわけではなく、ものごとにはいろいろな視点やとらえ方があって、正解・間違いをジャッジするのではなく、みんなが考えるプロセスが重要なのではないかと思うんです。

―― 佐藤
玉井さんが考えるサステナブルと、誰かが発信しているサステナブルに差異がある場合、玉井さんとしてそれは違うのでは? などと思わないですか?

―― 玉井さん
基本的には思わないです。逆にそれが何かにつながっていくのだと思います。それがつながって、共有されて、ミックスされたり化学反応を起こしたりして、また新しい方法や価値観が見えてくる。だからまずは、みんなで考えてみようよというプロセスが大切だと思っています。

―― 佐藤
直接的なゴールを探るのではなく、プロセスの中から価値を拡張させていったり、高めたりしていくのですね。

―― 玉井さん
そうですね。これが正解というのを導き出すことではないと考えているんです。生態系と一緒で、みんながそのままでいながら、それぞれの考え方とか幸せとか、良い状態で共生することができるのではないかとすごく感じています。

―― 佐藤
『フェーズフリー』の場合は、まったく内容的に適さない商品が『フェーズフリー』を名乗って販売されるケースも増え、頭を悩ませているところです。玉井さんのように多様性の中の一つとすればラクなのですが、ジレンマですね。

―― 玉井さん
だいぶ浸透してきているとは思いますが、これが『フェーズフリー』というものを、地道に示していくしかないのでしょうね。

―― 佐藤
その意味でも今回、フェーズフリーアワードの過去の受賞対象から印象に残るものを挙げていただきました。ご紹介いただけますか。

―― 玉井さん
あらためて過去の受賞対象を眺めて直感的に3つ決めました。日常時・非常時だけでなく、もう少し広い視座で選んだように思います。というわけでまずは『明治ほほえみ らくらくミルク(※2:第3回受賞対象)』です。

―― 佐藤
選んだ理由は?

―― 玉井さん
「粉ミルクや液体ミルクよりも母乳が良い」などの既存の価値観に対して、社会に一石を投じることができる商品だと思ったんです。また、純粋に外出時にもあげやすいとか、家族の誰でも授乳できるといった価値もあり、"いつも" も "もしも" もという『フェーズフリー』の文脈上にもありますが、さらに広いところでの価値が響きました。

―― 佐藤
まさに明治さんの視点は、玉井さんと同じところにあるように思います。規制緩和されて液体ミルクが利用できるようになりましたが、当初は非常時用の商品ととらえられることもありました。しかし女性の社会進出が求められている今、家事や育児の負担を軽減し社会進出を支えている商品という理解が進みました。すなわちいつもの暮らしを良くするものが、もしもの生活を支える『フェーズフリー』のマーケティングが多くの共感を呼び、認証後にとても商品が普及したと聞いています。

―― 玉井さん
子育てに対する考え方とか視点に変化をもたらしたのですね。その意味では次に挙げる『子ども食堂防災拠点化事業(※3:第3回受賞対象)』も同じ方向性かもしれません。

玉井さんとの対談-3

対談はフェーズフリー協会の会議室でおこなわれました

日々の根幹をしっかりしておくことで、自然と非常時にも強くなる

―― 佐藤
『子ども食堂防災拠点化事業』を選んだ理由も教えてください。

―― 玉井さん
この子ども食堂の事業は、かつてはあった、近所のおじいちゃん・おばあちゃんが子どもたちの面倒を見てくれるといったことが失われた社会に対する、課題解決だと感じました。ふだんからのつながりがないということは、それこそ災害が起きたときに隣の人がいないとか、子どもがどこに行ったか分からないといった問題に直結します。結局、コミュニティがすごく大事なんですよね。

―― 佐藤
同感ですね。

―― 玉井さん
その場所に行ったらご飯が食べられるとか、誰かが遊んでくれるとか、まずはそれで充分なんです。「災害時に機能する」と言わなくていいと思うほどですが、実際に日々子ども食堂でいろいろな関係を持つことをきっかけとして、自然と課題が解決していくという、そこが子ども食堂のすごいところだと思いますね。

―― 佐藤
"いつも" と "もしも" だけでない価値を重視したのですね。

―― 玉井さん
そうです。続いての栃木県立矢板高等学校さんの『livestock shelter(※4:第4回受賞対象)』もその視点ですね。それまで当たり前と思っていたために見えなかった課題を浮き彫りにして、解決につなぐことはもちろん、多くの人にメッセージしていく点でも優れていると思いました。

―― 佐藤
そうですよね。

―― 玉井さん
イヌやネコといった身近なペットの避難については、東日本大震災の際に課題として受け止められました。しかし、自分たちが暮らしの中で食している家畜の存在についてはあまり考えられていないどころか、着目すらされていませんでした。畜産を手がける方々が心を痛めていたことも知らなかったので、知らなかったという気づきも得られましたし、自分たちのことしか考えていなかったなという思いも含めて、すごく発見がありました。価値観を変える一つだなと感じ、個人的にすごく推しています。

―― 佐藤
玉井さんは、常にそういった視線で見ていますよね。以前は完全個室で可動式のベビーケア空間『mamaro™(※5:第2回入選対象)』を推薦してくださった。

―― 玉井さん
そうでしたね。

―― 佐藤
外出先のトイレなどで授乳せざるを得なかった、子育て中のお母さんを思うアイデアですね。『フェーズフリー』の本質である、日常の私たちの暮らしの課題をとらえて解決し日常を豊かにしつつ、非常時にも役立てられるという。液体ミルクもそうだし、コミュニティもそうだし、畜産の話も全部そう。これらの提案が、日常の豊かさを生みだしていて、ついでに非常時にもきちんと役に立つという視点です。

―― 玉井さん
そうです、やはり日々の根幹をしっかりしておくことで災害時にも強くなるというのは、フェーズフリーアワードの審査委員を務めることを通して学びました。

―― 佐藤
それはうれしいですし、本当にそのとおりなんです。防災っていうと非常時の特別なことみたいに思われてしまうけれど、そうではなくて日常の私たちの暮らしの課題に向き合うことこそが、実は非常時にも強い状態をつくるということなんです。

―― 玉井さん
日常的に畑から採れたばかりの新鮮な野菜を食べていたら、ジャンクフードに偏った人と比べて免疫力も上がるし、日常時・非常時の両面で強いですよね。そういった、ふだんからの課題感のようなところがまだまだつながっていないと、『フェーズフリー』に携わる中で実感しています。

―― 佐藤
ありがとうございます。確かに社会的には日常時・非常時って分けて考えがちですが、実は連続しているもの。非常時に対する備えだけを考えてもそれはとても難しいことで、ふだんの生活の質を上げておくことが重要であり、まさにそれが『フェーズフリー』が追究しているところです。引き続き一緒によろしくお願いします。

―― 玉井さん
こちらこそ、よろしくお願いします。

玉井さんとの対談-4

約2時間の対談を終え握手を交わす玉井さん(右)と佐藤

※1 SENSE-Laboratory
https://senselab.green/

※2『明治ほほえみ らくらくミルク』
https://aw2023.phasefree.net/award/pfaw2023b024/

※3『子ども食堂防災拠点化事業』
https://aw2023.phasefree.net/award/pfaw2023b030/

※4『livestock shelter』
https://aw2024.phasefree.net/award/pfaw2024i106/

※5『mamaro™』
https://aw2022.phasefree.net/entry_work/pfaw2022b001/

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