株式会社 マウントフジアーキテクツスタジオ一級建築士事務所 主宰建築家
芝浦工業大学教授
原田 真宏さん
(2024.7 実施)
写真・文:西原 真志
ハードを真ん中にして、実践を積み重ねていく
―― 佐藤
昨年の対談で原田さんが手がけた「道の駅ましこ」の話が出て、すごく興味を持ちました。近年の建造物は "メンテナンスフリー" が謳われているけれど、そうではなくて "メンテナンスアンフリー"が大切でその想いを込めたと聞いて、実際にお邪魔してお話を伺えればと思いました。
―― 原田さん
ありがとうございます。
―― 佐藤
前回の対談で、原田さんが幼少期に大海原に浮かぶ船を目の当たりにして「自然の中での合理性」を感じ、建築でもそこを大切にしているというお話でしたが、今日この場に来て同じ感想を持ちました。まわりの風景と建物の関係が、原田さんの海と船の関係になっていると。
―― 原田さん
それは嬉しいです。海ではなく山ですが、同じ思いです。前もお話ししましたが、ゲーテの言う「良い建築とは市民の要求を叶える第二の自然である」ということで、完成して終わりではないのです。
―― 佐藤
そうですよね。この「道の駅ましこ」の建築を手がけるにあたって、『風景でつくり、風景をつくる』というコンセプトを掲げていますが、そこにどんな思いを込めたのですか?
―― 原田さん
「道の駅ましこ」の建物は「山と土」をモチーフにしていて、益子の山々を表現した大きな屋根と益子の土を使った土壁が大きな特徴です。もちろんハード的な面だけでなく、里山の風景が全面に広がる道の駅でいろんなつながりを生みだしている場にすることを宣言しました。
―― 佐藤
確かに、周囲の風景ともつながりを感じる建物です。
―― 原田さん
地域のまちおこし的な施設って、最先端であるとか日本初とか、聞こえのいい目新しいものをどこかから持ってきて賑わいを生みだそうとすることが多いんですけれど、ここでは一切それをやめようと思ったんですね。ここの土地にあるカッコ良さを表していくことだけに、とにかく特化した。
―― 佐藤
なるほど。
―― 原田さん
ちょっと前までは異国とか他所のカルチャーがもてはやされる時期もありましたけれど、これからは自分たちのところにあるカッコ良さとか美しさみたいなものを発見して、それをむしろ輸出していくフェーズに変わったと思うんです。その考えには実はヒントがあったんです。この益子でも活発だった、民藝運動です。
―― 佐藤
民藝運動がどのようなヒントになったのですか?
―― 原田さん
益子には濱田庄司さんという民藝運動家であり人間国宝でもある陶芸家がいました。民芸品はその土地で採れた材料で、その土地の暮らしのためにものをつくりますが、言い換えれば民芸品を見れば人と暮らしの関係が分かるんです。そんな民芸品のような建築ができたら、益子の良さが明らかになる存在になると思ったんです。
―― 佐藤
前回の対談で、ふだんの私たちの暮らしを豊かにするものが非常時にも役立つようにデザインしたのが『フェーズフリー』と話をした際に、「建築も同じ」と原田さんがおっしゃったのを覚えてますか?
―― 原田さん
覚えてる、覚えてる(笑)。
―― 佐藤
建築で社会課題を解決するというのではなく、建築はその地域に根ざして、その地域を少しずつ良くしていく存在であり続けることが重要で、その先にいろんな課題が解ければ良いという発想ですよね。
―― 原田さん
そうです。「道の駅ましこ」も、益子に元々あるカッコ良さとか美しさみたいなものを重視して、運営に関わる街の人たちも巻き込む形でデザインしました。建築のデザインのプロセスと一緒に人的組織、ソフトも組み上がっていったんです。その中で、コロナ禍の最中に「道の駅ましこ」で地元野菜のドライブスルー販売があったんですね。簡単に聞こえますが、それまでにいろんな企画とか人的な積み重ねがあったから実現できたわけなんです。個人的にはすごくフェーズフリーな風景を見たなって思いました。つまり何かと言いますと、ソフトな話のアウトプットがソフトなままだとなかなか続きにくいのですが、ハードを真ん中に実践が積み重なっていくと、ハードを軸にしていろんな企画を形にできていくんです。
―― 佐藤
ハードの中心となる「道の駅ましこ」自体が、地域をアップデートするような地元に根ざした建築に仕上がっていると。
―― 原田さん
そうです。もっと大きく言いますと、「自分たちは美しいんだ」って言い切ったんだと思っています。どこかに美しさがあるのではなく、自分たちの場所がカッコいい、自慢していいんだってメッセージしたんです。建物の材料もデザインもこの場所からもらっていて、益子という自信を体現したような。
―― 佐藤
それが、原田さんの建築面での、民藝運動だったのかもしれませんね。
※前回対談記事はこちら
https://jn.phasefree.net/2024/03/29/interview-aw2023-07/
風景をつくるとは、人の営みをつくることでもある
―― 佐藤
この場に実際に足を運んでみて、自然の中での合理性というだけでなく、地域のコミュニティの中での合理性にも適っているように感じました。
―― 原田さん
それは多分、この建物が自然の合理性と社会の合理性にブリッジしているからでしょうね。空間構造は社会構造そのままで、この場は地域の方々の心理モデルになっていると思います。そのあたり、運営されているお二人はどう感じていますか?
―― 髙橋さん
そう感じています。私たちはこの場所ありきであって、建物にもすごく愛着を持っています。ここでは一人ひとり誰もが自分が社長という意識を持っていて、それぞれの部門が責任を負いながら他との関係を築いて運営をしています。空間の影響もあると思っています。
―― 原田さん
そのカルチャーはすごくありますよね。
―― 上田さん
それぞれが主体的に動くカルチャーに、自然となっていきましたね。この場、この空間が、その狭間を絶妙につないでくれているからだと感じています。
―― 原田さん
ここに来ていつも嬉しいのは、スタッフの方々が生き生きと働いていることです。うちの事務所の学生が来た時にも、レジ担当の方がこの場所のコンセプトをちゃんと説明してくださったって(笑)。
―― 髙橋さん
益子らしさというものの共有が、自然とできてきているんですね。
―― 上田さん
人それぞれ解釈は異なるとは思うのですが、でも違うとか変わったことを伝えてもらえば、またその人はその人自身の解釈をするわけで、全員同じじゃなくていいんですよね。連鎖していくことが大切なんですね。
―― 原田さん
すごいことですよね。各人が解釈をして全体にフィードバックすることが、自然と当たり前に起こっている。素晴らしいし、建築家として一番嬉しいかもしれない(笑)。
―― 髙橋さん
そうしていくことで、スタッフみんなが益子のことを自分のまちと認識して、自信を持ってサービスを提供することにつながっています。
―― 佐藤
皆さんのお話を聞いていたら、コンセプトの『風景でつくり、風景をつくる』の後半部分の『風景をつくる』って、そういうことなんだと思いました。
―― 原田さん
そう! 人の営みということ。
―― 佐藤
新しいランドスケープとかそういったことではなくて、人の営みであると。
―― 原田さん
そうです、人の営みとハードがセットになって、風景になっていく。
―― 髙橋さん
自分たちも深くは認識していませんでしたが、確かにそうかもしれません。この場を舞台にした自分たちの接客とかサービスとか全部が、益子らしさになっている。今回そこを読み解けて嬉しいです(笑)。
―― 上田さん
それから接客とかサービスに加えて、この場があることによってイメージされて生まれる地域独自の商品も増えていますよね。
―― 髙橋さん
最近もある農家さんから商品をつくりたいと相談がありましたが、一緒に売り場に行って「この棚に並んでいる状況をイメージしてください」から始まるんです。
―― 上田さん
ここで売れる、または売るべき商品ってなんだろうというところからスタートして、オリジナルの商品がたくさん完成しています。ぜひ見に来ていただきたいですね。こういったいろんな小さな積み重ねが集合体になって、益子らしさが体現できているのだと思います。
時間的にも空間的にも終わりがない、そんな『フェーズフリー』に期待
―― 佐藤
現場に来てお話を聞いて、「道の駅ましこ」の『風景でつくり、風景をつくる』というコンセプトを体感することができました。
―― 原田さん
それは良かったです。益子らしさがあらゆるところから醸し出されていますよね。ただ、"らしさ" を形にしてしまうと、古くもなるしそこで止まってしまうおそれもあります。"らしさ" というものを決めつけずに、ずっと解釈し続けていくことが重要だとも考えています。
―― 佐藤
そのとおりだと思います。
―― 原田さん
でも、みんなで考え解釈し続けることが "らしさ" と簡単に言っても、実践するのはなかなか難しいですよね。それでも、分からないことを分かろうとする、その運動こそが "らしさ" だと思うんです。その権利を取り上げちゃったら、まちは滅びてしまう。この場に来て、風景とか人とつながって、時間的にも空間的にも "らしさ" とは何かを考え続けてもらえたら理想ですね。実はフェーズフリーアワードにも同じようなところを期待しているんです。
―― 佐藤
そうなのですか、詳しく教えてください。
―― 原田さん
『フェーズフリー』のコンセプトにも近いのですが、時間的にも空間的にも "あっちとこっち" をつくらないことが重要だと思っていまして。
―― 佐藤
なるほど面白い!
―― 原田さん
今と未来とか、外と内側を離して考えるというのではなくて、どこもつながっている自分の領域であって、結局のところ全部がつながっている。そこに自分が存在しているという感覚が大事で、それができればたぶん、何が起きても生きていけるんだと思うんです。
―― 佐藤
"あっちとこっち" をつくらないというのは、原田さんの建築でいうところの竣工までと竣工後をつくらないとか、そういった考えにもつながっている?
―― 原田さん
そうです。
―― 佐藤
「道の駅ましこ」のテーマでもある、"メンテナンスアンフリー" みたいな。
―― 原田さん
そうそう(笑)。
―― 佐藤
ここで終わり、というものをつくらない。いつまでも人々が関わり続けられるものが、時間的にも空間的にも、さらには組織的にも究極の『フェーズフリー』なのではないかということですね。
―― 原田さん
はい。建築においても、ここまでが建築、ここまでが仕様とか、そうじゃないと思うんです。その棚だって建築だし、そんな風に思っていたほうが強い社会ができる。終わりがない建築とも言っていますが、時間的にも空間的にも終わりがない、そんな『フェーズフリー』がアワードでも出てくればいいなと期待しています。
―― 佐藤
まさにここの風景と同じで、インフィニティな感じですね。本日もありがとうございました。
―― 原田さん
ありがとうございました。
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