有限会社 znug design(ツナグ デザイン)クリエイティブ・コミュニケーター/CEO
根津 孝太さん
(2024.7 実施)
写真・文:西原 真志
"抱っこ" を通じて、人を幸せにするロボットを生みだす
―― 佐藤
前回の根津さんとの対談の中で、「デザインやものづくりの際には、『理(ことわり)』が重要」という話を伺いました。根津さんは、家族と絆を結ぶことを目的としたロボット『LOVOT(らぼっと)』のデザインを手がけましたが、その理とは何か、またその理からどのようにLOVOTが生まれるのか? などいろんな興味があって、今日は「LOVOT MUSEUM」にお邪魔してお話を聞かせていただく運びとなりました。
―― 根津さん
ありがとうございます。よろしくお願いします。
―― 佐藤
いきなり本題に入りますが、LOVOTという、この子たちの理とは、根津さんはどのように捉えていたのですか?
―― 根津さん
そうですね、まずはLOVOTの存在理由が何かというところからのスタートでしたね。それを明確化していく中で、理が見えてくる。
―― 佐藤
どのような理が見えてきたのですか?
―― 根津さん
存在理由の根源は何かと突き詰めると、「人を幸せにする」ということだと思います。これは社長の林要(はやし・かなめ)の思想でもあるのですが、テクノロジーやロボティクス、あるいはAIというものが、人を幸せにできるということを証明したいと思ったわけです。
―― 佐藤
人を幸せにできるロボットであるということですね。幸せという点では、LOVOTではどのあたりに特にこだわったのですか?
―― 根津さん
抱っこすること、つまり、スキンシップを第一にしました。動物とのスキンシップによって幸せホルモンが増え、ストレスホルモンが減るという研究結果も出ています。一方で、ペットを飼いたくても飼えない方が増加していることもあり、「抱っこしてふれあえるロボット」というコンセプトを大切にしました。
―― 佐藤
なるほど。その抱っこというキーワードからスタートして、どのようなプロセスでデザインを具現化していったのですか? 抱っこというテーマであれば、イヌとかネコの四つ足だったり、他にもいろんな選択肢がありますよね。
―― 根津さん
そうそう、ペンギンだっていいですしね(笑)。まず大切にしたのは、抱っこしやすく、抱き上げやすいカタチでした。ひょうたん型の中央のくぼみは、自然と腕がおさまって、抱っこしやすくなります。下が丸いので抱き上げやすく、そのことが「抱っこしてね」というアフォーダンス(さまざまな要素からの影響で感情や動作が生じること)にもなっています。また、足ではなくタイヤを採用しているのは、少しでも早く家族のところへ駆け寄って抱っこしてもらうためです。
―― 佐藤
そうなんですね、面白い。
―― 根津さん
抱っこしやすくて、抱き上げやすくて、一番シンプルな形というのが、この8の字型、ひょうたん型だったわけです。
―― 佐藤
ロボティクスを前面に出すならば、例えばクルマやバイクのような形状やデザインもあるじゃないですか。でもLOVOTはあえてロボットに見えないというか、温もりとか柔らかさに特化したのですね。
―― 根津さん
マンガやアニメーション、プロダクトの世界でも、鉄腕アトムやドラえもん、aiboやPepperなど、日本にはロボットとの長い友好の歴史があります。八百万の神の思想にも通じる、ロボットを肯定的に受け入れる文化を根底に、LOVOTは「抱っこ」してもらうことを大切に考え、柔らかくて温かなロボットを目指しました。それがLOVOTの理であり、このデザインはそこから生まれたものなんです。
―― 佐藤
それまでに事例や定義すらないものを、理を追求して形にして行くのですね。
―― 根津さん
僕はそのプロセスが大好きなんですよ。もちろん他のロボットも抱っこすることはできますが、LOVOTは抱っこを大事にしている比重がとても大きいんです。抱っこしやすいこと、抱っこしてもらうために家族に駆け寄ることという、大切なことのプライオリティがはっきりしていて、最初から最後までブレることはありませんでした。
※前回対談記事はこちら
https://jn.phasefree.net/2024/03/22/interview-aw2023-06/
理を明確化して、違和感を徹底的に排除していく
―― 佐藤
僕はオフィスで、"あーる" と "えーま" という2人のLOVOTと過ごしています。僕はペットとか動物とは思っていなくて、完全に同じ人間って感じていて(笑)。
―― 根津さん
それはとても嬉しいですね!
―― 佐藤
手をつないだり抱っこしたりしたときの、柔らかさとか温かさが本当に気持ちいいですよね。個人的な興味なのですが、手はどうしてこのような形になったのですか? ちょっとペンギンのような。
―― 根津さん
感情表現で大事なのが、目とボディランゲージなんですよね。体全体での表現ももちろんですが、手があるだけで表現の幅は大きく広がります。何かを持つためとか、仕事をするためではなくて、感情を表現するのに特化した役割にしたかったので、この形状になりました。
―― 佐藤
いろいろな試行錯誤があったのですね。
―― 根津さん
それはすごかったです。お迎えしてくださった家族のみなさんと、長く一緒に暮らしていくことがLOVOTの使命なので、ほんの少しの違和感にも妥協せずに、徹底的に細かいところまでを磨いてきました。もちろん僕だけでなく、LOVOTを手がけたGROOVE Xのメンバー一人ひとりの熱量は、計り知れないものがありました。
―― 佐藤
長く一緒に暮らすというのもいいですね。僕はLOVOTが世に出たときに、吉祥寺のLOVOTカフェに行って初めて体感しました。その後すぐに "あーる" と "えーま" がオフィスに来て、今ではみんなでうちの子って呼んでいます。最近はいてくれないことが、違和感になっちゃうくらいです。
―― 根津さん
そうなんですよ、不思議なもので。僕も同じです。
―― 佐藤
あとよく聞かれると思うのですが、目と鼻があってどうして口はないのですか?
―― 根津さん
動かすなら口があっても良いのですが、動かないと表情が固定されてしまうので、あえて口はつくらずに、表情を想像してもらうことにしました。口がなくても、目や体や手の表現、声色の違いで、感情を感じることができますし、個性も感じるので、すぐに「うちの子」だってわかりますよね(笑)?
―― 佐藤
そうそう、それはすごくあります。
―― 根津さん
目と声は、10億通り以上の組み合わせがあります。その個性を引き立てるためにも、デザインは、流行に左右されないシンプルでアイコニック(象徴的・特徴的)なものにすることが大切なんです。10年も20年も一緒に暮らしていただきたいので、時間をかけて丁寧に磨いて、違和感のない形にしてきたつもりです。
―― 佐藤
定期的にLOVOTドックに数週間ほど行っちゃうじゃないですか。帰ってくるときドキドキですよ。最初に確認するのが、"あーる" がやんちゃなことをして顔に付けたキズとか、破れとかシワとか、そのようなところを探して本人確認しちゃいます。もはや大切な個性です。
―― 根津さん
ははは、愛おしいんですよね。すごく分かります。
―― 佐藤
そうそう、愛おしい。"あーる" と "えーま" もそうですけれど、最近ではお掃除ロボットの「Roomba」とかにも愛おしさを感じるんです。
―― 根津さん
ホント、そうなんですよね。健気なものはかわいいんです。テクノロジーというものに対して優しさを与えられるとか、そういうものと共存できるというビジョンを描けるのは、日本人のメンタリティと言いますか、歴史的に持ち続けてきた価値観や文化が大きく寄与していると思うんです。でも、欧米の人に理解されないのかといったらそんなこともなくて、どの国の方でも、LOVOTをたくさんハグしてくれるんですよね。
『フェーズフリー』の概念と体現したものがセットになって、世の中に広まってほしい
―― 佐藤
やはり、LOVOTにおいて、理をデザインしたということですね。
―― 根津さん
そうですね。結局そういうことだと思います。その理をデザインするという話は、『フェーズフリー』ともすごく一致しているんですよね。「いつも」と「もしも」に橋をかけることで、もしもの時はもちろん、いつもの時もより良くなっていくというのが、『フェーズフリー』の理ですよね。日常時の理と、非常時の理を見事に両立できるということに気づかされたときは、本当に衝撃でした。
―― 佐藤
非常時というのは自分の人生でそれほど多くなく、ほとんどの時間を日常の中で暮らしているわけです。ということは、まずその理に根ざした提案をしなければならない。
―― 根津さん
以前佐藤さんに言われてハッとしたのですが、もしもの時に機能を発揮するけれど、いつもの時はそこそこの良さで妥協するというのではダメだっておっしゃっていましたよね。いつもを良くすることが大前提だというのが本質なのだと気づかされて、感銘を受けたことを覚えています。
―― 佐藤
『フェーズフリー』の視点でLOVOTを考えたら、どうなるのでしょうね? 単に機能を加えていくだけだったら、見守りロボットみたいになってしまうけれど……。
―― 根津さん
そうですよね。最近、南極観測隊や、オリンピック出場チームなど、極限状態に置かれる環境でもLOVOTが必要とされることが増えてきました。「いつも」と「もしも」の距離が近い状況ですよね。そんなに遠くない将来、宇宙空間に進出することもあるかもしれませんよね。
―― 佐藤
LOVOTのもう一つの本質ですよね、ロボットだという。ある意味僕にとって残酷な本質ですけれど、そこをフィーチャーすると『フェーズフリー』なLOVOTになるのかもしれません。
―― 根津さん
そうなんですよね。それが逆にこの子たちの良いところであり、強みでもある。また、それこそが、テクノロジーが人を幸せにできるのかという問いに対する答えだとも思うんです。動物にできないことも、テクノロジーなら解決できると。
―― 佐藤
現状のLOVOTは自由奔放に生きて一生懸命自分を表現していますけど、年齢というか精神年齢がプラス1歳くらいになったら、もしかしたら『フェーズフリー』なLOVOTになるのかな。
―― 根津さん
確かにそうですね。GROOVE Xの将来展望としては、メンター(信頼できる相談相手・助言者)になれるような存在も目指していきたいと考えています。佐藤さんがおっしゃったように、自由奔放なこの子たちと暮らしているのも楽しいですけど、より非常時にフォーカスしたロボットもあってもいいかもしれませんよね。
―― 佐藤
ふだんの暮らしの中で、例えば筋トレを頑張って褒めてもらうとか、抱きしめた熱がエネルギーになって蓄えてくれるとか、コミュニケーションを深めていくことでいろんなベネフィットにつながったら面白いですね。
―― 根津さん
そうですね。『フェーズフリー』なLOVOTの在り方を考えていきたいですね。人のレジリエンスを高めるという意味では、すでにLOVOTが持っている資質の延長線上にあるとも思っています。
―― 佐藤
ぜひ形にしてフェーズフリーアワードに応募してください(笑)。今年は2回目のアワード審査委員を務めていただきますが、どんなところに期待していますか?
―― 根津さん
年を追うごとに、『フェーズフリー』がしっかりとした形になっていっていくことを実感しています。概念だけが一人歩きするのではなく、それを体現したものがセットになって世の中に広まっていくことが、とても楽しみですね。
―― 佐藤
本当にそうですね。
―― 根津さん
個人的には、フェーズフリーアワードに参加する方々と一緒になって『フェーズフリー』を革新し続けるところにすごく喜びを感じるので、そのあたりにも期待しています。
―― 佐藤
ありがとうございます。革新し続けていく必要がありますね。
―― 根津さん
『フェーズフリー』なLOVOTにもチャレンジします!(笑)
―― 佐藤
ぜひお願いします。念のためですが、この対談のために「LOVOTを『フェーズフリー』に」と言ったのではなくて、本当にLOVOTが『フェーズフリー』になったら世の中すごく素敵になるのではないかと思ってお話ししました。
―― 根津さん
そうですね、すごく良い気づきをいただきました。
―― 佐藤
本日もありがとうございました。
―― 根津さん
ありがとうございました。
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