レジリエンス、サステナブルのコアには、『フェーズフリー』がある

国際大学 国際経営学研究科 准教授
レジリエンスシティ研究ラボ代表
デジタル庁 シニアエキスパート(防災DX担当)

櫻井 美穂子さん

2024年に開催される第4回目となるフェーズフリーアワードから審査委員を務める櫻井美穂子さん(以下:櫻井さん)と、フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行(以下:佐藤)による対談がおこなわれました。情報システムやレジリエンスの専門家として活動する櫻井さんの取り組みや、『フェーズフリー』への想いなどについて話を伺いました。
(2024.6 実施)

写真・文:西原 真志

櫻井さんとの対談-1

経営情報システムやレジリエンスシティ研究など"情報" "デジタル"を中心に幅広く活動する櫻井美穂子さん

ITとは、情報提供を一人ひとりにテーラーメイドできる技術

―― 佐藤
櫻井さんは経営情報システムが専門である一方で、世界におけるSDGsな都市戦略を考察するといった活動もおこなっていますよね。そのご専門や活動がレジリエンスとか防災にどうつながっていくのかを、まずお聞きしたいです。

―― 櫻井さん
私は元々、貧困に関する勉強をしていたんです。大学では社会開発の先生に学びました。そのゼミでは、ノーベル経済学賞を受賞したインドの経済学者・哲学者のアマルティア・センの本をよく読んでいました。餓死は食べ物がないのではなくて、分配の問題なのだと学んだり、私自身が日本人として何ができるのかといった点に関心を持っていました。そこに想いが行き着くのに、高校時代の強烈な体験があったりするのですが……。

―― 佐藤
ぜひそこも聞かせてください。

―― 櫻井さん
そうですね。ドラマ『金八先生』などを手がけた脚本家の小山内美江子先生が、カンボジアに学校をつくる活動をされていたんです。私の父も参画していたのですが、その学校の開校式に私も父と一緒に参加したんです。

―― 佐藤
櫻井さんが何歳の時ですか?

―― 櫻井さん
16歳でした。当時のカンボジアは紛争の名残がすごくありました。同行してくださった通訳の方が両親を紛争で亡くしたと聞いて、ショックを受けました。また私たちが宿泊していたのは欧米スタイルのいわゆる外国人向けのホテルでしたが、ホテルの外に一歩出るとそこはスラム街で、まったく景色が違って……。なんでこんなに景色が違うのかと、16歳ながらに感じたのが私の原体験です。

―― 佐藤
なるほど。普通の景色と貧困の景色みたいに、世界中のあらゆる場所にいろんなコントラストがあって、その貧困状況での暮らしがあるって知った訳ですね。

―― 櫻井さん
そうです。自分の年と変わらないような物乞いの子もいっぱいいて、子どもながらに強い衝撃を受けて、この問題をもっと勉強しようって思ったんですね。

―― 佐藤
その後、貧困問題を学びつつ、そこから情報システムの方に移行したのは理由があったのですか?

―― 櫻井さん
貧困問題に向き合って、当時はジャーナリストとして発信したいと思っていました。でも私は人を押しのけてスクープを取っていけるタイプではないので、現場でやっていくのは厳しいと言われたりして。それで海外の貧困問題ではなく、大学院で日本の地域活性化を学ぶことにしました。

―― 佐藤
なんとなくつながりは感じるのですが、なぜ貧困問題から地域活性化に移行したのですか?

―― 櫻井さん
ロジカルな説明が難しいのですが……。私自身は貧困問題の衝撃を原体験として持っていますけれど、社会的に身近な問題という視点で見ると、目の前に地域活性化というテーマがあったんです。その流れで自然と進んでいった感じです。

―― 佐藤
貧困問題を直接的には解決できないという思いもあった?

―― 櫻井さん
ありましたね。貧困を無くすのは本当に困難なことで、先ほども触れましたけれど、餓死も単純に食べ物の問題だけでなく配分や政治の問題だと、大学時代に感じたんですね。

―― 佐藤
貧困の課題に直接アプローチするよりも、地域活性のような豊かな地域づくりをしていけば、その延長線上に貧困という問題が解決できるんじゃないかって、何となく感じたと。

―― 櫻井さん
まさにそうです。地域活性の先に明確に貧困問題を位置づけていたわけではなかったのですが、直接的なアプローチではない方向に進もうと思いました。うまく言語化していただいて嬉しいです(笑)。

―― 佐藤
それって、まさにフェーズフリー的な考えなんですよね。僕の場合は貧困ではなくて繰り返す災害だったわけです。苦しみ傷つき亡くなっている人が、世界中に存在する。多くの人々が亡くなっていく中で、この問題もなかなか解決できないんです。災害における被害という問題を解決するときに、災害の解決に夢中になりすぎてしまうと結局、真の解決は難しい。なぜなら、たとえ防災意識が高くても、もしもの時には役に立つけれど、いつもは役に立たないものを備え続けることはなかなかできないから。それなら、いつもの暮らしを豊かにしているものが、ついでに非常時にも生活や命を守ってくれる『フェーズフリー』なものであれば、結果としてこの災害という問題が解決しますよね。それと同じように、地域を豊かにすることが、貧困問題の解決につながっていくと。

―― 櫻井さん
確かにつながりがありますね。当時、修士論文を書いていた際に地域を豊かにする文脈で"情報"を取り上げたんです。まだ"デジタル"という言葉は一般的には使われていませんでしたが、テクノロジーでどう情報を届けるかって。

―― 佐藤
地域において、情報リテラシーの低い人にも情報を届けなければなりませんよね。情報格差というものが、災害にも貧困にも影響しますから。

―― 櫻井さん
そうなんです。その時にITそのものに、すごく可能性を感じたんですね。ITの力によって、情報の格差を縮めていけると思いました。受け手側のリテラシーをどうするかという問題も当然ありますけれど、ITは一人ひとりへの情報提供をテーラーメイドできる技術だと感じたんです。

櫻井さんとの対談-2

対談は国際大学グローバル・コミュニケーション・センターでおこなわれました

『フェーズフリー』に触れた時に、まさにレジリエンスだと思った

―― 佐藤
そのあたりから情報システムの世界にどんどん入っていくわけですね。

―― 櫻井さん
工学ではなく、経営情報の分野でITの世界に足を踏み入れました。修士が終わった2011年に東日本大震災が発生するのですが、現地の情報システムの調査を任されました。その年の夏ごろから各所の自治体に通って、皆さんへのヒアリングを重ねました。情報システムの状況やITがどの程度活用できたのかなど調査をしたのですが、ある意味それが私の中で情報システムと災害の接点になりました。

―― 佐藤
被災した自治体に足を運んで、情報が活用できたか、きちんと伝わったのかといったところを調査したのですか?

―― 櫻井さん
はい。ほとんどできていなかったという結果になるのですが、それがどのくらいの期間止まっていて、どう復旧させたのか? といった点をレポートにまとめたんです。どうやって復旧させたのかが一つの焦点でもあったのですが、そこで"レジリエンス"というキーワードにつながりました。

―― 佐藤
そこもすごく聞きたいところです。櫻井さんにとってのレジリエンスとは?

―― 櫻井さん
レポートの際に多出していたワードが"想定外"でした。電気も通信インフラも止まって、4ヶ月くらい断線したケーブルが元に戻らないという状況で。コミュニケーションができない状況が半年くらい続いたこともあって、想定外という言葉がいろんな人から出てきました。ただ、私はそこに少し違和感も覚えたんですよね。想定外と言ったら、全てが想定外になっちゃうって。

―― 佐藤
そう、そうなんですよね。

―― 櫻井さん
そこでレジリエンスという言葉がフィットしたんです。レジリエンスの考え方は、日常からの人や組織の能力を指します。その能力は、想定外であろうと想定内であろうと、目の前に来たことに対して何らかアダプト(適応)していくものです。そのアダプテーションがものすごく大切で。想定内だろうと想定外だろうと、日ごろからアダプテーションできる能力をちゃんと培っておきましょうというのが、基本的なレジリエンスの考え方だと私は思っているんです。ITやデジタルは、その能力を開発していく時の武器になるので、そこでITとレジリエンスがつながった感じです。

―― 佐藤
ITとレジリエンスは、具体的にどんなところでつながるのですか?

―― 櫻井さん
想定外でも想定内でも、日ごろから何か自分の目の前に来た予期せぬ出来事に対処する能力というのを育むために、デジタルができることがたくさんあるんですね。例えば何か想定外のことが発生した時に、ここに行けば情報を取れると分かったり、紙で申請するような時間的余裕がないときにデジタルだったらすぐ情報のやりとりができるかもしれないとか。他の人にコミュニケーションして助けを求める時でも、デジタルがあるとすぐ世界の裏側の人とだってつながれるかもしれないとか。そういういろんな可能性があるなと思いました。

―― 佐藤
なるほど。今まで情報をデジタルではなく、紙などの媒体で伝達していたというのは、そもそもレジリエンスではなかった?

―― 櫻井さん
アナログな環境でレジリエンスを考えることもできますけれど、デジタルが入ることでより可能性が広がるということですね。

―― 佐藤
ふだんの地域の情報とか行政情報をいろんな状況に用いやすくしていくようなシステムのあり方が、まさにレジリエンスな情報システムなんですね。

―― 櫻井さん
おっしゃるとおりで、そこからその研究に入っていくことになるんです。レジリエンスと情報システムの研究を始めた時には、災害時だけのシステムを構築しても意味がないことが見えていましたが、今思えばその意味でもうすでに『フェーズフリー』な世界観なんですよね。『フェーズフリー』という言葉こそ使っていませんでしたけれど、災害時のためだけのシステムというのは、レジリエンスであるとは世界的な研究者のコミュニティでは誰も思っていないです。やっぱり汎用性があるもの、ユニバーサルであるとか、他のものにすぐ転用できるとか、そういうシステムの特性が必要なんですね。だからフェーズがフリーという『フェーズフリー』の話に触れた時に、まさにレジリエンスだと思ったんです。

櫻井さんとの対談-3

『世界のSDGs都市戦略』や『ソシオテクニカル経営 人に優しいDXを目指して』など、櫻井さんの著作を手にさまざまなことをお話しくださいました

『フェーズフリー』はビジネスとして成立することで永続性を持つ

―― 佐藤
櫻井さんの考え方や取り組みと『フェーズフリー』の共通性をすごく感じますね。櫻井さんの著書に『世界のSDGs都市戦略』がありますが、これまでに見てきた都市戦略でフェーズフリーな都市だと思う場所はありますか?

―― 櫻井さん
結局のところ、サステナブルなシステムや社会というものに行き着くのですが、今日佐藤さんとお話をしていてあらためて思ったのは、持続性を高めていくのに『フェーズフリー』や『レジリエンス』が本当に重要だということです。

―― 佐藤
そのとおりですね。

―― 櫻井さん
佐藤さんの質問にドンピシャの回答ではないかも知れませんが、ふだんの生活を良くしていざという時にも役立つという視点でいうと、共創つまりコ・クリエーションとかコミュニティを強くするといったことになると思います。その意味では学校教育でコミュニティの帰属意識を学ぶ機会を取り入れたり対話プログラムを推進しているシンガポールは先進的だと思います。あと京都も実はコミュニティが強い。

―― 佐藤
京都ですか。

―― 櫻井さん
京都は小学校の学区単位でのコミュニティが強くて、その方々がいろんな地域活動をおこなっています。その学区単位で、京都に点在している文化的な遺産を守っていくということも実行しています。

―― 佐藤
地域とかコミュニティの中で共有できる日常的な課題がある地域が、どちらかというと強いってことですかね。地域で守っていこうみたいな課題があるから、常に地域のコミュニケーションが生まれて、それが非常時にも役に立っていくという。

―― 櫻井さん
それをふだんの消防活動とか防災訓練とかにもつなげていけばいいですよね。海外の場合は居住地の運営を自分たちが主体になってやっていこうという発想がそもそもある気がしますけど、日本はどちらかと言うと逆の印象ですよね。それは行政や政治がやることですよねという発想になりがちな……。地元のお祭りがすごく重要だとか、伝統的な歴史を守り継いでいくぞみたいな、そういう場所がやっぱり強いような気はするんです。

―― 佐藤
ITやデジタルは、コミュニティを支えるとかつくるといった役割を果たしていく存在ですね。

―― 櫻井さん
そうです。デジタルの役割としては、知識や知恵を蓄積して伝達しやすくすることだったり、コミュニティのエンゲージメントを高めていくこと。私はデジタルの究極のゴールは、パーソナライズだと思っているんです。一人ひとりに対しての情報やサービスを最適化して届けるという。その世界観ができると、よりレジリエンスで、よりサステナブルで、より『フェーズフリー』な社会が実現できます。

―― 佐藤
本当にそうですね。フェーズフリーアワードにおいても、そのあたりのアイデアや実際のプロダクトとかサービスに期待していますか?

―― 櫻井さん
アイデア部門ももちろんですが、事業部門がさらに広がるといいなと思います。レジリエンスやサステナブルは、ビジネスの世界に乗らないと永続していかないという問題があります。『フェーズフリー』も同じで、事業にどう組み込まれてそれがどう機能していくかがすごく大切。テクニカルな面だけでなく、そういった視点の応募対象も楽しみにしています。

―― 佐藤
まったくの同感です。フェーズフリーアワードでもよろしくお願いします。今日はありがとうございました。

―― 櫻井さん
こちらこそありがとうございました。

櫻井さんとの対談-4

約2時間の対談を終え握手を交わす櫻井さん(右)と佐藤

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